うー、やっと自分に来たからごちゃごちゃ書ける(笑)。
今も続いている(であろう)ミュージカルバトンという企画。
自分がちょうどblogデビューして、blogって個人サイトというよりコミュニティツールの側面が強いなぁ、という印象を持っていた時期の出来事だったけど、それが的はずれじゃなかったなぁと強く思った。
さて、けっこうこの企画に反発してる人もいて意外だったんだけど、それについて考察してみたい。
それなに?という方はこちらをどうぞ↓
http://d.hatena.ne.jp/keyword/Musical%20Baton
★チェーンメールと同じものとして反発→バトンを渡すことに反発
表面的には一番多いのがこれのような気がする。
僕はチェーンメールにはめちゃくちゃ反発して説教メールを返すぐらいだけど、ミュージカルバトンについては全くそう思わなかった。むしろ「面白い企画だなー」と思ってたぐらい。自分でも不思議だったけど何でだろう?
まず自分が音楽好きだから、ってのがある。でも音楽好きな人でも反発してる人がいるからこれは理由にならない。
で、ちょっと考えてこういう結論に至った。
ミュージカルバトンは、渡してくれた人の「自分に答えてほしい」という明確な意志を感じる。逆にその意志がうざったいと思う人もいるんだろうけど。また渡した人は別にトクをしないから何らかの利益を求めているわけではないことが分かる。
チェーンメールの場合「誰でもいいから」メールの内容を広めたいんだという意志を感じる。渡した人が(気分的であれ)トクするものなのである。その時、自分が「one of them」でしかないのが腹立たしい。頭数そろえるための兵隊なの?みたいな。
たいてい、たいしてメールをやり取りしてない人から来ることが多いし。
で、実は次のいずれかの感情を持ったんだけど、それを言えないから「チェーンメールみたいでイヤだ」と言ってないかな?
★渡す友達がいないから反発→渡すことに反発
いいじゃない。名目上はまわすのが目的ではなくて、答えるのが目的なんだし。
ちなみに僕はまわさなかったんじゃなくて、まわせなかっただけ(まわそうと思ってもみんな先にもらってた……)。
ちなみにスルーしてもいいけど次に渡す人を勝手に書く、ではなくて、メールで相手に通知する、というルールだったらどうだったのかね?反発はやや少なかったかもしれないけど読む方としては面白くないよね。
★来ない人、または来たけど自分が思ってた人よりずいぶん遅かった人が反発→サイトの絶対的な位置(断じて価値ではない)が分かってしまうことへの反発
自分とこを辺境サイトと認めると楽になれます(笑)。これはしょうがない、webは平等なんかではなく、ちゃんと中心地と周辺があるもん。中心地に近い位置にあることを価値として認めるかどうか。ホントにマイペースでやってる趣味系blogの人もいっぱいいますから。
ただ、自分の位置は気になるけどあえてそれを知りたくない場合、こういう企画は(その本来の企画意図ではないにしても)迷惑きわまりないと思う。
★「質問・または答えがつまらない」と反発
もしそれで答えたくないというならば、自分が面白いと思う内容を精一杯書けばいいのでは。
正直、音楽について書いた文章ってなかなか面白くならないと自分でいっぱい書いておきながら思う。なにせ、言及しているものをサイト内ではほとんど紹介できないし(ジャケとタイトルぐらいでしょ)。
バトンも企画自体は面白いと思ったけど、他の人の答えは正直あんまり楽しめなかった……(ってことは自分のもそう思われてるということだが)。
★純粋に答えられない、答えたくないから反発
人前で歌うのがイヤな人が飲み会の2次会がカラオケになっちゃって「聞いてないよー」って気分。無理矢理マイクが渡ってきたけどかたくなに歌うのを拒否、ってな感じ?あ、でもそれは分かる気がする(笑)ってか自分がわりとそう。その場のノリに乗れなくてそれがまた悪循環てな。
でもバトンは別に歌いたくなければ歌わなくていいんだから、意識しすぎな気もするけどなぁ。
実はこのように反発する理由にもいろいろあるんだと思う。これらを一緒にして語るから話が見えにくくなるのではと思った。
さて、次は逆に僕がこの企画が秀逸だと思った点。
★質問選択の絶妙さ
バトンには本や映画、ゲームソフトのもあるみたいけど、それはここまではやらないと思う。ってのも、誰でも好き嫌いはともかく知ってる曲は最低5曲はあるだろうけど、本や映画、ゲームなんて関心のない人はゼロだろうし。答えられない人がいる、ってのはこの手の企画ではNGなのではないかと思った。
また質問内容が「カラオケでよく歌う曲」とかだとうるさ型の音楽ファンからは反発あるだろうし、逆に「好きなアルバム5枚」だと音楽ファンはうれしいけど、それ以外の人は答えられない場合があるからNG。
ちなみにこれは当初から思ってたけど「よく聞く、または特別な思い入れのある5曲」って実は全然並列の質問じゃない。これ、答える人によって異なるであろう温度差を吸収しててうまいなぁ。結局なんでもいいから5曲あげて書け、って言ってるだけだからね。
★人から振られると「嫌々だけど答えてみるか」という態度を取れる
上のことにも関係するんだけど、実は「特別な思い入れのある5曲」って音楽ファンからすると逆に気恥ずかしい、パンツ脱いで答える質問だったりして、能動的に書くような内容じゃなかったりすると思う。
それがこのシステムだと、「人に質問されたらイヤだけど答えるか(テヘヘ)」ってな気分になれる。
僕は「100の質問」は企画は面白いと思ったけど、自問自答スタイルが気恥ずかしくてできなかった。だって自分で自分に質問してるのに「うーん、白かなぁ」「この質問はパス」、とかってどうもねぇ。
その点、結果的に他人からの質問スタイルになってるバトンはすごいというかズルい。
★質問内容がたいして面白い解答ができないものである
「決して個々の解答内容では盛り上がらない」という部分も実は大事だったのかも。いちいち内容にひっかかってたら広まらないもん。他人のを知るより自分が答える方が面白いし。
カラオケというより山手線ゲームか??
以上です。
音楽・レコード - 2005 | text by expop 2005年07月06日00:06
コメント
僕が思ったのは、ブログでバトンが渡される(オリジナルはブログでという記述があったはず)ことがブログの論壇形成みたいなのにまた一役買ってるよ、ということでした。お互い言及しやすい仕組みが論壇、いやサロンか、みたいなの形成してることは間違いなくて、その中でバトンを回し合うことが大半なのが、独特に感じた。
というわけで僕の感覚だと、ミュージカルバトンに対するちょっとした距離感はブログとかミクシに対する感覚と同じです。トラックバックいっぱい!マイミクいっぱい!みたいな。形を変えただけ。
ちなみに「来ない人、または来たけど自分が思ってた人よりずいぶん遅かった人が反発」はホントそうだと思う。これはつまりサロンの中心点?からの距離をいやおうなく見せつけられるのが、みなイヤなんじゃないかな。
投稿者 niji wo mita : 2005年07月08日 11:47
うーんと、まず
>オリジナルはブログでという記述があったはず
ってのは「ない」んじゃない? オリジナルが何を指すのかで違うかもしれないけど、少なくとも渡す相手はblogだけというルールはないはずです。
ってのもね、前のコメントにも書いたけど、みんな別にblogならではの機能を使って渡してないんだってば。これがトラックバックを利用して渡せば「ならでは」なんだろうけど、それやると反発する層が今以上に黙っちゃいないと思う。
>ちょっとした距離感はブログとかミクシに対する感覚と同じです
だからそちらでやってる静的なhtmlによるwebだって、そこで書いたことを元に掲示板で議論してんだから、構造的には何らblogと変わんないって。
その「距離感」、ってのはどうなのかと思うのよ。少なくとも「トラックバックいっぱい!」ってのは幻想だと思う。「コメントいっぱい!」ってのは正しいかもしんないけど、それって従来の掲示板でも同じでしょ?
>お互い言及しやすい仕組みが論壇、いやサロンか、みたいなの形成してることは間違いなくて
これは逆だと思うんだよ。
その仕組みがそうさせてるんじゃなくて、サロン化したいからみんなそういう仕組みを選んだ、と。
で、結局のところ、以前のhtml&リンク&BBSシステム&アクセス解析って方式だけでweb同士の横のつながりを持ちましょう、ってのは敗北したんだと思う。少なくとも僕はもうそのシステムだと新しい人たちとつながりあうことはできないなーと思った。
だから、横のつながりを持ちたいならblogなりmixiなり新しいシステムを取り入れるべきだし、そうじゃなければ従来のようなシステムで運営をすればいいんじゃないかな。
そもそもmixiでバトンもらっといてblogがどうこう書くのは筋違いじゃないか、という思いもあってチクリとイヤミを書いたんです(笑)。僕なんてmixiのぞいてないっての。
だいたいblogとほとんど同じ構造を持つ君のサイトをblog化しないのはなぜ???
投稿者 expop : 2005年07月08日 23:04
ありゃ。お返事ありがとうございます。
まずもともとブログで始まっている件については、はてなのキーワードでも参照してみて下さい。ブログでなければというルールはないようですが、発端がブログなのでということと、どうも最近はネット界におけるブログの母数がでかいということで、もしかしたらブログでバトンが渡されるように見えているのかもしれません。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/Musical%20Baton
実際にブログ以外も経由していることが多いんだとしたら、(少なくとも日本国内では)僕の事実誤認なのだと思います。
僕がブログの機能でよくわからないのは、トラックバックを使わなくてもリンクしたことが相手に分かるのかということです。そしてそれが仕様のなかに織り込み済みなのかということです。ただリンクを感知するならHTMLでもアクセス解析を二次的に導入すれば済むことですが、ブログの場合それが一次的に備わっているのかということ。というのは、かつて僕がブログの人に文中リンクを張ったら、感知されたことがあったからなのでした。
>ってのもね、前のコメントにも書いたけど、みんな別にblogならではの機能を使って渡して
>ないんだってば。これがトラックバックを利用して渡せば「ならでは」なんだろうけど、そ
>れやると反発する層が今以上に黙っちゃいないと思う。
なるほど。じゃ、やっぱりexpopの言う通りなのかもね。そもそも(僕の小さな知識でいえば)トラックバックはすでに存在している記事に打つもので、記事を特定しないサイト全体ないし書き手にとばす仕組みじゃないものね。
反発する層が黙っちゃいないというのはどうしてそう思うわけですか?
>>ちょっとした距離感はブログとかミクシに対する感覚と同じです
>だからそちらでやってる静的なhtmlによるwebだって、そこで書いたことを元に掲示板で
>議論してんだから、構造的には何らblogと変わんないって。
>その「距離感」、ってのはどうなのかと思うのよ。少なくとも「トラックバックいっ
>ぱい!」ってのは幻想だと思う。「コメントいっぱい!」ってのは正しいかもしんな
>いけど、それって従来の掲示板でも同じでしょ?
まず掲示板という個人内でスレッドが伸びていくことと、ページを相互参照的に議論がふくらむことは違うと思うのですがどうでしょう?僕がブログって新しいと(やや批判的に)思うのは、後者のことです。
トラックバックいっぱいが幻想かどうかは、僕にはよく分かりません。少なくとも僕がよく読んでいる以下のサイト:
http://kiri.jblog.org/
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/
といったところでは、トラックバックでいっぱい接続するのをよく見かけました。またセンセーショナルなニュースや、意見には山のようなトラックバックがつくのをよく見ます。例えばラップが日本語に向くかどうかということで小さな話題となっていた以下のサイト;
http://soulkid.blog2.fc2.com/blog-entry-213.html
では、厖大なトラックバックがトラックバックを産み、一つの問題空間を演出しているのを見ました(ただし現在はトラックバックは停止している模様)。そうした問題空間の演出のされ方はまさに論壇やサロン的なものなのですが、ブログではこれまでのHTMLと違って、明らかに話題のふくらむスピードと大きさと頻度が違うように感じます。
なぜか。というと僕はトラックバックの威力だと思ってました。つまりどこをどうたどれば同じ問題に言及している人たち=問題空間にタッチできるかということが、明示的になっているのがブログだと思うわけです。HTMLだと問題にタッチする云々じゃなくて、まず先にリンクでもってサロンが形成されているわけですが、そのサロンを自力でたどらなければならないし、あるいはターミナル的なサイトから自分で網羅的にリンク先をクリックしてみなければならない。そういう必要がないという点でブログは構造的に全然違うと思います。
また「トラックバックがいっぱい」=量的な定義が幻想だとしても、リンクの張り手・張られ手・読者の三者に明示的につながりを見せることが可能なシステムがあることは動かし難い事実ですよね?だから問題への新規参入が容易で、それゆえにサロン(ごっこも含め)も爆発的に大きくなる。HTMLでは問題提起なテキストがどれくらい参照されているかは読み手には分からないですよね?できる・できない=質的な定義、というのはすごく大きなことなのではないかと思いますがどうですか。
>>お互い言及しやすい仕組みが論壇、いやサロンか、みたいなの形成してることは間違いなく
>>て
>これは逆だと思うんだよ。
>その仕組みがそうさせてるんじゃなくて、サロン化したいからみんなそういう仕組みを選
>んだ、と。
えー。これはアフォーダンスに言及することがあったexpopとしては意外な発言だと思った。ま、どのみちたまごとにわとりであって、どっちとも言えると思うんだけど。
で距離感の話なんだけど、これは何もネットに限ったことではなくて、現実世界でもそうなんだけど、つながってますよということが脅迫観念的に広がっていて、ちょっと辛いなと思ったりしています。それが学生時代の僕と変わってしまったところか(笑)。
それと、関係を強制する感じがいや。僕は、僕が相手に言及していても相手がそれを認識しなきゃいけないとは思わないし、そうさせるようなシステムが用意されていることもいや。個人が独り言をつぶやけるような場所が残されていたっていいと思う。もちろん必要であれば相手に「言及しましたよ」というメールを送ったっていいし、というのが僕の今の距離感です。だからアクセス解析も辞めようかとか思ってはいるんだ。
>だいたいblogとほとんど同じ構造を持つ君のサイトをblog化しないのはなぜ???
うーん、これは考えさせられる。一つは明らかに移行が面倒くさいということ。一つはやっぱりHTML時代のコミュニケーションに高い価値を置いてしまっているからだと思うな。距離感に同じ。
特定の記事にコメントがつけられるというのは、ものすごい魅力です。それだけは本当にブログ化したくなる点です。
ちなみに僕は周縁にいるというのが結構好きで、というと語弊があるな、たくさん読んで欲しいという欲望はあんまり重要じゃなくなってきています。僕が僕のために書くということをよく考えます。システム的にそれ(=周縁にいてもいいこと)が保証されるのだとしたらそちらを選ぶこともやぶさかではなくなりました。なんでだ。そこはよくわかんないけども。ひねたとかすねたとかではなくてさ。
投稿者 niji wo mita : 2005年07月09日 01:46
うわー、なんかこういうの久しぶりだなぁ。書き応えがあるよ。
>実際にブログ以外も経由していることが多いんだとしたら
>(少なくとも日本国内では)僕の事実誤認なのだと思います。
いやごめん、そういうことではなくてそれは事実だと思うんだけど、別にblogの(端的に言うと)トラックバックを使わなくてはできない遊びではないよ、ってことをまず確認したかった(そんなことは分かってるとは思うんだけど)。
>僕がブログの機能でよくわからないのは、トラックバックを使わなくても
>リンクしたことが相手に分かるのかということです。
僕が知るかぎりないと思う。たぶんアクセス解析じゃないかい?
> 反発する層が黙っちゃいないというのはどうしてそう思うわけですか?
トラックバックってホントに微妙で、勝手にリンクを相手に埋め込むわけじゃない?だから、スパムとして過剰に嫌がる人もけっこういるんだよ。ゆえにトラックバックで広めようとなってたら、元々このバトンが嫌いな人はより反発するだろうということ。
ってか、実際僕んとこにもほとんど関係ない宣伝系トラックバックついてたりするしね。
http://expop.net/mt/archives/2005/06/post_28.html
これはあくまで個人的な見解。
> まず掲示板という個人内でスレッドが伸びていくことと、ページを相互参照的に議論がふ>くらむことは違うと思うのですがどうでしょう?僕がブログって新しいと(やや批判的に)>思うのは、後者のことです。
なるほど、ここは行き違いがあって、僕はブログにおいてトラックバックという機能は実はすごく好きだし、同じくこここそ新しいと思ってるんだけど、実際には(これまた個人的な見解だけど)読み手よりもむしろ書き手側の機能のような気がしてる。あなたの記事を読んでインスパイアされましたよ、っていう。
で、思ったのはnijiが問題視してるのはblogというより、トラックバック機能なんだよね。ちょい話がかみ合わないと思ってたのはその部分だわ。
>そうした問題空間の演出のされ方はまさに論壇やサロン的なものなのですが、
>ブログではこれまでのHTMLと違って、明らかに話題のふくらむスピードと
>大きさと頻度が違うように感じます。
うん、そうだと思うんだけど、僕には論壇やサロン的なものはトラックバックから生まれてるのかなぁ?という思いがあります。あれって実際たどってる?(たどってそうだけど)。
論壇というよりは2chの祭りに近い気がする。それをサロン的というならそうかもしれないくて、わぁーと騒ぎが起こってそれ自体を楽しむにはいい機能なのかもしれないけど、そこからなにかが生まれてくるわけではないんじゃないかな。それが個人的にはわりとがっかりだった。その日本語ラップもチラと見てたけど、まさにそれのような気がして。(祭りを否定するんじゃなくて、僕はその祭りに読み手としてすら参加する時間はないってこと)
> えー。これはアフォーダンスに言及することがあったexpopとしては
>意外な発言だと思った。ま、どのみちたまごとにわとりであって、
>どっちとも言えると思うんだけど。
うーん、そうかも。でも僕はblogを選んだ人たちは「論壇orサロンみたいものを形成する」のが好きな人たち、が多いとは思うよ。で、僕はnijiはそういうのが好きなのかと思ってたけど、そこが一番の誤解だったのかも。誤解だったらすまん。
> で距離感の話なんだけど、これは何もネットに限ったことではなくて、
>現実世界でもそうなんだけど、つながってますよということが
>脅迫観念的に広がっていて、ちょっと辛いなと思ったりしています。
>それが学生時代の僕と変わってしまったところか(笑)。
うーん、僕はblogやってみたけど、そんな強迫観念はあまりないけどな(って単に誰も見てないだけかと思うんだけど;笑)。
> 特定の記事にコメントがつけられるというのは、ものすごい魅力です。
>それだけは本当にブログ化したくなる点です。
んと、なんでblogにしないの?ってのはね、実際にそちらの記事についてコメントを書いたりトラックバックを送ってこちらの感じたことを書いたりしたいのね。でもそれができないんだよ。それがとても残念に感じるので、おりにふれてそう言うのです。こっちこい、ってことじゃないよ、僕は全然こちらのコミュニティに入れてないし。ってかそんなもんあるのか?とも思う。
トラックバックをオフに設定してやればいいじゃん(と移行の手間を無視していう)。
>システム的にそれ(=周縁にいてもいいこと)が保証されるのだとしたら
>そちらを選ぶこともやぶさかではなくなりました。
うん、それ重要で、僕はそれが保証されない、と強く感じたのでした。ゆえにblogで外部活動を始める決意をしたんす。具体的に言うとgoogleと他サイトのリンクではうちに来てくれない、ってがアクセス解析で見えてきたからです。
僕は多くの人に読んでほしい、とは思うけども、実際は1日150人ぐらいが限界な内容だなぁと思ってて、でも1日80〜100HITだから、あと50〜70HIT増やしたい、ってな具体的な目標があったりします(笑)。また、ホントに毎日HIT数が同じなのが、新規読者が増えてないってことかと思って悲しい。ここ半年ぐらいずっとそう。
投稿者 expop : 2005年07月09日 03:09
お返事ありがとう。
> >僕がブログの機能でよくわからないのは、トラックバックを使わなくても
> >リンクしたことが相手に分かるのかということです。
> 僕が知るかぎりないと思う。たぶんアクセス解析じゃないかい?
やっぱりそうか…。じゃ、杞憂でした。
> なるほど、ここは行き違いがあって、僕はブログにおいてトラックバックとい
> う機能は実はすごく好きだし、同じくこここそ新しいと思ってるんだけど、実
> 際には(これまた個人的な見解だけど)読み手よりもむしろ書き手側の機能の
> ような気がしてる。あなたの記事を読んでインスパイアされましたよ、ってい
> う。
なるほどねー。トラックバックについて、ちょっと過剰な期待もあったみたいです。確かに書き手側の機能が第一にある。読み手としては、トラックバックをさらっとみながら(梗概がついてたりするじゃん?)、話題を追っかけることも可能なのですが、みなあまりトラックバックを追っかけたりはしないのかな。
> 論壇というよりは2chの祭りに近い気がする。それをサロン的というならそうか
> もしれないくて、わぁーと騒ぎが起こってそれ自体を楽しむにはいい機能なの
> かもしれないけど、そこからなにかが生まれてくるわけではないんじゃないか
> な。それが個人的にはわりとがっかりだった。その日本語ラップもチラと見て
> たけど、まさにそれのような気がして。(祭りを否定するんじゃなくて、僕は
> その祭りに読み手としてすら参加する時間はないってこと)
祭りに近いというのは確かにそう。その読替でいいです。なにかが生まれてくるかどうか、というのは結構重要で、ラップの話もある到達点を確認できたという意味では(全く新しい何かではないにせよ)、生まれたといっていいのでは?
expopとのやりとりの中で、僕も自分を確認しつつあるのですが、トラックバックが生み出す人間の距離ってのは、つまり「おもねり」みたいなものでもある。論壇に加わりたいというよりか、かまって欲しい人たちがどうでもいいコメントを付けてトラックバックして、何かに参加しているようなスタイルを取ることが。祭りがでっかくなるのは、これありますよね。
> うーん、そうかも。でも僕はblogを選んだ人たちは「論壇orサロンみたいもの
> を形成する」のが好きな人たち、が多いとは思うよ。で、僕はnijiはそういう
> のが好きなのかと思ってたけど、そこが一番の誤解だったのかも。誤解だった
> らすまん。
というわけで、その加わり方、みたいなのにひっかかっているのだと思う。そういう人たちを軽蔑しているのではなくて、自分はそのような距離の取り方はしたくないなあと思うのだけど、このあたりの言語化は難しいです。
論壇みたいなのに加わりたいかというと、敢えて言えば、自分にとって重要な話題には参加したいけれど論壇とかサロンに加わりたいというわけではないかな。
あとね、アクセス数についてだけど、僕が書いているのはブログ環境に移行したとしてもあまり読まれないのではないかと思う。ブログ的なキャッチーなテキストは書いていないので、たくさん読まれなくてもいいんだ。ちゃんと分かる、というか真摯に受け止めてくれる人に読んでもらえたらなあと思っています。
おそらくHTMLで書いているとexpopの言うように、システム的に辺境であるためということもあり、ブログな人たちにうわっと接続されることは少ないと思います。いまのところniji wo mitaの読者は、ダイレクトアクセスかはてな経由、あと検索でたどり着くのが多いのね。ブログ内部からリンクでというのはほとんどない。今僕が感じている距離感や、書く体力・精神力からすると、こんな感じでちょうどいいかなと思っています。
> んと、なんでblogにしないの?ってのはね、実際にそちらの記事についてコメ
> ントを書いたりトラックバックを送ってこちらの感じたことを書いたりしたい
> のね。でもそれができないんだよ。それがとても残念に感じるので、おりにふ
> れてそう言うのです。こっちこい、ってことじゃないよ、僕は全然こちらのコ
> ミュニティに入れてないし。ってかそんなもんあるのか?とも思う。
> トラックバックをオフに設定してやればいいじゃん(と移行の手間を無視して
> いう)。
まーねー。これは思わないでもない。掲示板には書きにくいがトラックバックは送りやすいということか。それが接続の垣根をぐっと下げているんだよね。
うーん。考えどころです(めんどいという点で)。
expopのユニークアクセスが増えていないというのは、おなじキーワードでヒットできるサイトが増えちゃったからでは?一昔前だと、expopが書くような内容は日記の中で単語として触れる程度のサイトがたくさんで、expopのように考察まできちんと加えてアーカイヴするというサイトはあまりみかけなかったもんだけど、最近はブログのおかげでアーカイヴ化は簡単だし、キーワードだけで言えば類似のサイトも増えたよね。一方nijiはアクセス数は当然アレなんですけど、ネタがネタなんで、専門用語での検索は定期的に(というが学生のレポートの時期に!)ある。
それと、僕の手応えでは、サイト開設の頃から見てくれていた読者がこのところ離れてきている。これはブログでない、ということではなくて、内容なんだろうな。ま、ちょっと話がずれました。
投稿者 niji wo mita : 2005年07月11日 11:03
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