新撰組

「新撰組」を題材にした司馬遼太郎「燃えよ剣」を読む。
司馬遼太郎はこれまで「項羽と劉邦」しか読んだことがなかった。これは高校の頃漢文で「四面楚歌」なんかを知って、本宮ひろ志「赤龍王」を読み返し(連載当時は何か古臭いマンガだとしか思わなかったが、本宮マンガと戦国時代は合う)小説も読んでみようと思って、だった。小説としてはかなり面白く、その頃はSFにどっぷりだった僕でも熱中して読んだ記憶があった。

そもそも歴史小説・時代小説ってのはほとんど読まない。読んだとしても山田風太郎の伝奇小説や酒見賢一の偽史(とまではいかなくともフェイク自体に面白さがあるもの)ばっかり。
では、なぜ「燃えよ剣」を読んだのか?もちろん、司馬作品が面白いというのは知っていたわけだけど、松本大洋が「『ピンポン』は『燃えよ剣』がモチーフ」みたいなことを言っていたからというのが一番だったりする。そう言われちゃ読むしかない、とのことでちょうど古本屋で文庫本を見つけたので読み始めた……。

また、これが面白いのなんの!この文体・セリフのリズムは「ドラムン・ベース」じゃないか!?
今の僕は「文章自体を味わう」っていう小説の楽しみ方が大きな部分を占めている。だからいくらトリックが面白い推理小説でも、泣ける小説でも、魅力的なガジェットが出てくるSF小説でも、文章自体が楽しめなければ物足りない。そういう観点から見ると「燃えよ剣」のそれは完全に傑作だと思うのだ(僕が書くまでもないが)。根本となる部分はしっかりと腰を据え、しかしそれでいて流れるような筆致。今更ながらすごい「小説家」だ、と唸った。ちなみに村上春樹はダブのような雰囲気があると思うんだけど、違うかな?

また、この「江戸末期〜明治」の辺りというのは今の「IT革命」だのとはレベルが違うパラダイム・シフトが起こった時代なんだということがよく分かった。カオスの中に一瞬台頭した「成りあがり」者・新撰組。逆に薩長側の本も読んでみたくなった。

さてさて、こういうタイミングで例の「御法度」やら市川昆「新撰組」が公開され、後者などは人形アニメを始めとする「アニメーション」好きとしてもかなり興味がある(未見だけど)
本に関しては常にブームなのか、本屋へ行くとあるわ、あるわ、新撰組もの。マンガなら、と何冊か読んでみた。
水木しげるは「妖怪もの」のイメージが強いが、ヒトラーの伝記や戦記ものといった作品も多数描いており、これも同系列の作品と言っていいのだろう。かなり水木テイストの強い「猫楠」(熊楠の伝記)と比べるとおとなしい印象があるが、淡々とした展開は水木しげるならでは。
水木版を読み終えた直後に手塚版を読んだら、「なんて絵に立体感・リズムがあるんだろう!」と思わず感動してしまった。水木しげるは紙芝居出身と言うこともあり、基本的に絵に動きはない。独特の雰囲気を背景に託して物語る作家である。手塚治虫はいまさら書くまでもなくディズニーコンプレックスが活動の原点である作家なわけだから、絵はあくまでアニメーションを基本にしている。当時藤子不二雄両氏が「新宝島」を見た時の衝撃はこの何百倍だったんだろう、と思わず感慨にふけってしまった。
とはいえストーリーの方はまた別で手塚版は伝記・史実を書こうなどという気はさらさらなく、架空の平隊士二人を軸に善悪とは何か云々というおなじみのテーマを展開している。「どちらがマンガとして面白いか」と聞かれたら水木版に軍配があがる。この辺りがマンガの面白さであり、難しさなのだろうけど。
黒鉄ヒロシ「新撰組」(PHP)
黒鉄ヒロシ「新撰組」(PHP)
先述の市川版映画の原作。これまた変わっていて、基本的に京都へ出てからのストーリーを、細かいエピソードごとに講釈?・解説を加えながら書いていくという形式。「漫画絵のモーフィング」が盛んに使われておりそれがまた自然で妙な感じを受ける。これを元にどういう映画になったか非常に興味深いところ。

(2000/05/15)