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コンピュータの本

最近改めてコンピュータってすごいな、と思う。
というのもこのサイトのHTMLタグって全部手打ちで制御してるんですが(自慢でも何でもなくて、単に対応するエディタの使い方が分かんないだけ)、誰にでも見ることが出来るように……という「アクセシビリティ」の意識からこの度レイアウトを作り変えることにしました。
が、タグをすべて書きかえるとなると大変。てなわけで仕事で少々かじったPerlを使おう、ということでMACPERLで楽々検索&置換に成功、というわけです。MACPERLはマック特有の「ファイルタイプ・クリエータ」をいじれたりApplescriptと連動できたりドラッグ&ドロップでの起動が実現できたりと、マックで使うにはやはり一番いい。
やっぱり「横着」するのは大事です。単純作業を見なおすのがプログラムの第一歩、みたいなことがPerlの本にも書かれていたけど全くその通りで、「俺様が注意深くやってるこの作業ってコンピュータの野郎でもできるんじゃないの?」と思ったらたとえその作業においては遠回りでもコンピュータでやらせてみよう、と思うことが必要。そう思わない人はコンピュータは向いてないと思う。

さてさて、そんな手前味噌汁を飲ませるのはこれぐらいにして、最近コンピュータの本を読むのが楽しい。といってもハウトゥ本・技術書ではなくてその周辺の本。エッセイとか。最近読んだ何冊かを紹介してみます。
これはAI=人工知能について書かれた本。世の中にある誤解を丁寧に解いてくれる。「AIBOが感情持ってる」と思ってる人は必読。AIBOの面白いところは、例えば人間はヌイグルミにだって生命を感じることがあるけど、それがこちらの反応に対するリアクションを返すとなると思わず「感情を持っているかのように見え」てしまう、というところだと思う。それはつまり僕らが「何を持って“感情を持っている”と言っているのだろう?」という哲学めいた命題に陥ったりして、AIについて考えることは非常に刺激的だ。脳の研究とも合い通じるところがありそうだし。また、コンピュータとのチェスについての話題も面白い。何にしろこの本はいろんなことを考えさせてくれる本。筑波大学での講義を一般人向けにしたそうな。

この本で出てきたAIの生存競争での「囚人のジレンマ」という命題=ゲーム理論(興味ある人は自分で検索してみよう)から、「交渉」に興味を持って(本音をいうとゲームにならないか、と考えて)いたところ、本屋で偶然この本を見つけた。
いわゆるビジネス書ではなくどちらかというと学問的に「交渉」をとらえた本で、だからといって現実から飛躍することはなく、例えば明治時代の様々な国内外の交渉を例にしていたりと、よくあるフレーズを使えば「知的好奇心を刺激する」本だ。
この本での「交渉」の両者の立場やその対応方法による分類は、例えば僕らが普段の生活で行う論争や口ゲンカの類いにも有効だろう。いわゆる弁論部的な「論争」が単なる大声大会でしかないのもこの本を読めば分かると思う。
でもこの本を読んで痛感するのは「論争」はルールがないとできない、ということだ。ゲームもしかり。オウムはじめ犯罪者との話し合いがしばしば「論争」にならないのはお互いに共通のルールがないからで、まずはしっかりと「土俵」を固めないとがっぷり四つには組めないのは当然だろう。彼らにとっての常識は僕らの常識と違うのだから、いくら「君たちは常識がないのか!」といっても「常識」がないのではなく「違う」のだからこの発言は意味がない。で、その常識がなぜ常識なのかは客観的にひも解いていかなくてはならない。これがマインドコントロールを解くということなんじゃないだろうか。とはいえ、その客観性を担うべき公共団体が信じられない世の中だからどうしようもないけど(なんか「多事総論」みたいだな)

話はコンピュータ方面に戻って。自分が普段使っているコンピュータの中身ってあまり見る機会がないんだけども、たまにメモリ増設時などにカバーを開くことがあっていろんな意味でショックを受ける。自分の目が球体であることを知った時の驚きとかそういった類いのショック。
この本は主にPC/AT互換機(いわゆるDOS/V・WINDOWSマシン)を中心に、コンピュータのハード部分(時にはソフト部分にも言及されるが)キッチリした図解入りで解説してくれる。結構当たり前に思ってることが「実はこうなってるのか!」と分かって単純に楽しい。
しかしやはりコンピュータ雑誌ってすごく専門用語、いや単純にアルファベット頭文字短縮系が多すぎると思う。それが何を意味してるか分かれば話は見えやすいのに。とはいえ、この用語をどこまで「専門」的だと線引きするのもまた難しいのだけど。
蛇足だけど、赤瀬川原平氏の人体に関するエッセイ。自分の体をいつもどおり独特の捉え方で書いており、「そんな感じ方があるのか!」とか「そうそう、うまいこと言うなぁ」といつも通り唸りっぱなし。

仕組みといえば「株って何で存在して、どうして儲かるのか」から「ダウ平均って何?ナスダック、何それ?」という状態だった僕がちょいと経済の仕組みをかじってみたくなっていたところにこんないい本が出た。
最近の仕事はあまり好きではない佐藤雅彦氏だけど、彼が僕と同じような疑問を経済学者・竹中平蔵氏にぶつけ、竹中氏がそれについて分かりやすく解説していくという本。対談形式・かわいい装丁&イラストなどなど、かなりとっつきやすい本だ(佐藤氏はやはり根本的に頭がいい)。のっけから「貨幣とは何ぞや」という哲学的な命題が出てくるが、基本的な経済の仕組みが分かって非常に面白い。

貨幣といえば赤瀬川原平氏が1000円札を模写したのは犯罪かどうか、といういわゆる「1000円札裁判」があったけど、僕も子供の頃「よく考えたらこんな紙に価値があるって不思議だな」とよく思った。最近では海外にいったときなどに通貨が変わるのでハッとさせられる。これは佐藤氏が「しばらくはおもちゃのように感じる」と表現していたが、そういった既存の価値観・要は自分の立っている足場をグラグラ揺らすのが赤瀬川芸術なのでは、と思う。
この本では特に赤瀬川原平氏の前衛芸術について多くのページを割き解説している。
また、赤瀬川原平氏も影響を受けたであろうデュシャンの本も買ってみた。前からすごく気になってるけど、たどりつかない人、というのが僕の中には何人かいてデュシャンもその一人だった。読むのが楽しみな一冊。

さて、ちょいと硬くなったところで次の本は雑誌「MACPOWER」でおなじみの田淵氏の連載を単行本にしたもの。
この本ではコンピュータに抵抗を示していた一人のオジサンがだんだんと親しみ、ついには会社を独立する辺りまでが収録されている(現在も連載中)。とにかくコンピュータを使っていて誰でも感じるだろう愛憎を、ここまで軽妙洒脱に書ける文才が素晴らしい。コンピュータが嫌いな人こそ読むべきエッセイ集だと思う。

田淵氏が親しんだコンピュータがMACだったという事実からも言えるが、自分が好きだからというのを差し引いてもMAC-OSはよく出来た=分かりやすいインターフェイスだと思う(それに感動してユーザーになったんだけど)。そういった主にコンピュータソフトウェアインターフェイスについて書かれたのが
この著者はVisualBasicのプログラマだそうで、だからといってプログラマがインターフェイスデザインをするのは間違っており、そもそもインターフェイスデザインというのはユーザーが求める機能をまとめる行為であり、その段階を踏んでからプログラミングを始めるべきだと主張している。この本が面白いのがそれを裏付けるエピソードや作者の巧みなレトリックだったりするのだが、そういえばソフトウェアのインターフェイスって分かりにくいなぁと思う。直感的じゃないのだ。直感的な操作性というと、例えばブラウザのページ更新ボタンを押すと読みこまれるまではボタンがずっと「押されっぱなし」のアニメーション画像になっている、とかなのかな??

でもそれらは僕らのような使う側の人間が「こういう機能が欲しい」「こうやって使いたいからこうなってた方がよい」などと言わなくてはならないはずで、ある意味「ユーザー」の怠慢なのかなと思った。使いにくいと知りつつもコンピュータでしか出来ないというメリットを感じざるをえないというところか。これもユーザーとソフトウェアの作り手との「交渉」なんだろうなぁ。
しかも、僕の仕事はアプリケーションでいうと「面白さ」を設計してそれをプログラマさんに組んでもらい実現する、というものなのでこの本に書いてあることは結構耳が痛いというか勉強になった。

ただ、本としては後半が少々疲れる。その辺は訳者があとがきでかなりツッコミを入れていて、面白かったのだけども。「はいはい、問題があるのは分かりました。で、それを解決するには?」という推理小説で言うところの「解決編」がどうも不十分。ノウハウを簡潔に表せないところに問題の深さを感じたりもするのだが、ソフト業界に携わる人なら一度は目を通すべき本であることは間違いない。

さて、この本ではバグにもメゲず次々と新製品を試す人のことを「弁解者」として批判しているが、まさにそういう人たちが消費者としてコンピュータ業界を支えてきたのは事実で、それはこんな本を読めば一目瞭然だ。
やはりスタパ氏の方が味がある。ただひたすら「興味あるから」と新製品を買いまくる姿勢はある種感動的ですらある。船田氏はいかにもPS2批判でもしそうな感じの論客風で(実際某雑誌で批判してたから笑った)ちょいと鼻につく部分があるのは否めない。
この本も同系列のムック。「80」で紹介したテクノ歌謡・ゲームウォッチや映画などという周辺文化も紹介していて「マイコン」という響きにピンときたら購入をお薦めします。
最後にそういうコンピュータユーザーの悲哀(特にマック)を高度なパロディで描いた「電脳なをさん」を紹介しておきたい。これは唐沢氏が得意とするパロディ作品の中でも一番の完成度(というか悪ノリぶり)。一番好きだったのはロボコンをネタにした回。マックユーザーでパロディ好きなら読むしかないです。
こちらに元ネタリスト

(2000/05/21)

著者の名前を見てピン!と来た人はゲーマー。そう、PSゲームソフト「がんばれ森川君2号」の生みの親による、「やさしい人工知能」の解説書。かわいいイラストやハードカヴァーの装幀は「数の悪魔」や「経済ってそういうことだったのか会議」を思わせますし、実際そういった本の「AI」版とも言えるでしょう。
僕はこの森川氏が作った「アストロノーカ」というゲームが好きでした。このゲームは人工知能をうまく使って、自分の仕掛けた罠に対してどんどん敵が抵抗力を持っていくという内容で、その辺りが非常に斬新だったのです。まるでゲームと対話してるかのような。
僕は人工知能がどういったものかを、他の本を読んだりしていてなんとなくは知っていたのですが、全く知らない人〜例えばSONYのAIBOが本当に自分で考えてると思ってる人〜にはお薦めです。
人工知能を考えていくと、おのずと自分の脳がどういう仕組みになっているかということにも感心が行きます。そしてやはり脳の不思議さも感じてしまいます。だってAIとはその仕組みが根本的に違うのですから。

(2001/04/23 追加)

もうずいぶん前に読んだ本だけど、感想文がたまってたので追記。
Linuxのドン、リーナス・トーバルズの自伝。「ヲタクのあがり中のあがり」。
自分が買ってきたコンピュータのOSが気に入らなくて、じゃあ自分で作ってやろうじゃんとコツコツ作り始める姿は、最終回で「キテレツ大百科」をなくしたキテレツが勉強を始める姿とかぶる。というか「OSを自分で作る」という発想がすごいなぁと感心するばかり。
また「幸福論」としても楽しめる。例えば、あなたはビル・ゲイツとリーナスのどちらにあこがれるか?富と名声でいえばビル・ゲイツの圧勝だけど、僕はリーナスの方がうらやましい。だって「毎日起きると自分はなんて幸福者だと思う」なんて書いてあるのだから!それこそ本当の幸福に違いない。
といっても決して欲がないわけじゃないところも面白い。自分がもらったストックオプションの値が気になったりと決してお金が欲しくない訳じゃないし、他人がもうけようとしていることも否定はしない。
この辺のひょうひょうとした性格って同じフィンランドのムーミンたちに通じるものがあるのでは。
他分野ではあるけど、研究者から見たロボットの現状をレポートした本。とりたてて新しい論は見られないけど、全体的に学者や技術者がロボットのことをどう考え、どういうベクトルを目指しているのかが分かって面白い。
「ロボットは人間に似ているという部分がインターフェイスとして優れている」という指摘はなるほどなぁと思った。例えば、人間型をしていればロボットが次に何をしようとしているかが他人からも分かりやすい、といか。
目からウロコが落ちるような驚くべきエピソード満載の、人間の脳や感覚に関するレポート。人間が自然に行っている、たとえば空間を立体的に捉えることが実は幼少のある時期において形成される能力だったり、目が見えなかった人がある日見えるようになったときに起こることなど、自分が立っていると信じていた足下をかなりグラグラさせられる内容。
ただタイトルの割に、テーマが環境とその人体への影響などに飛んだりとややまとまりがないのが残念。

(2003/07/17追記)


<最新更新分>
瀬名秀明プロデュースのロボット本「ロボット21世紀」(文春新書)がとても面白かった自分だったので、その系譜であるこの本も当然手に取った。
しかし、こちらは複数のロボット工学・脳分野の学者などが原稿を書いているせいかややとっつきが悪い。たとえば途中に挿入されている彼らの対談部分なんて、何を言っているのか分からない。それは決して専門用語が分からないのではなく、その言葉をどういう意味で使っているのかがイマイチピンと来ないのだ。

この本の一番の特徴は、ロボットと知能、人間の脳といった問題を絡めている点だ。多くの人が今のロボット工学を進めていってもブレイクスルーはないとして、全く違うアプローチをしてみようと試行錯誤している。

また面白かったのは、AIはコンピュータの中にある限り人間のような知能にはなれない、つまり人間と同じく脳につながる「身体機能(=ロボット工学部分)」を持たなければならないのでは?と考えているところ。
自分もずっとぼんやりとながら脳と身体について考えているので、この辺りの問題提示は面白く読めた。

(2005/08/09追記)