僕が幼少の頃から藤子F不二雄と並んで大好きな漫画家だ。というのも、本棚には子供のもの以外マンガはほとんどなかった我が家に、サラブレッド文庫『復刻版墓場鬼太郎』『復刻版悪魔くん』『復刻版河童の三平』(二見書房、1976年刊行だから僕が3歳の時だ。でも読んだのは小学生ぐらいのはず)があったからだ。
マンガならなんでも読む時期だったので当たり前のように読んでいたが、今読んでもエロこそ無いもののグロ・ナンセンスな内容。当時かなりのトラウマになった。それは単にグロいだけじゃなく、「死」の匂い・いわば「エロス」をそこから感じていたからだろう、ってのは言い過ぎか。
トラウマといえばちくまのマンガ全集(松田哲夫氏がかんでたらしい)も家にあって、奇しくも子供ながら70年代の主要漫画家をおさえる結果となった。水木しげるが変わった短編を書く作家だということもこれで知ったし、白土三平の残酷さ(描写じゃなく、生きることの厳しさとかそういうこと)はトラウマになったし、つまりは僕のマンガの原点ということだ。
さて、その水木三大マンガについてそれぞれ紹介しよう。
あまりご存じない方は「えっ、墓場?ゲゲゲじゃなくて?」と思うだろう。アニメ化の際に「墓場」じゃまずかろうとのことで「ゲゲゲ」にしたのだ。僕はアニメ版(2回目のカラー版)はよく見ていたが、マンガの方は妖怪を退治する少年誌版「ゲゲゲ」よりも貸本版「墓場」の方が先だっだ。だから鬼太郎は正義の妖怪ではなく幽霊族の生き残りだと思っていたし、目玉オヤジの誕生もちゃんと知っていた。むしろ妖怪退治する鬼太郎の方が違和感があった。
この「墓場鬼太郎」が3年ぐらい前に角川書店が復刻して手に入りやすくなったのは喜ばしいことだ。そうそう、鬼太郎は妖怪アンテナなんて立てないし、気に入らない奴は異次元に送ってみたり、タバコまで吸っちゃうマセガキじゃないとダメなんだ。
子供の頃に読んだエピソードを紹介すると……。
「幽霊一家」はとにかく目玉オヤジの誕生シーンがグロかった。幽霊族の血で人間がリフレッシュされるという設定も印象的。
「地獄の片道切符」は文庫では最後のエピソードだったんだけど鬼太郎が殺されるのがショックだった。
「怪奇一番勝負」は何度も水木マンガに登場する「手」。被害者たちが異次元(死の世界)に飛ばされた先で出会う足が頭になった怪人の語る「人生とは一冊の漫画の本のようなものだ」という語り(「生」というのは漫画を読んでいる時間〜泣いたり笑ったりする〜であり、それを読み終わるとまた「無」の時間がずっと続くという概念)。僕が「死」を考えるときにいつも頭に思い浮かぶセリフだ。
「おかしな奴」はネズミ男が巨大なホットケーキを食べるシーンだろう。「ガーッ」という擬音も印象的。水木しげるの「食」表現に関する異才ぶりが発揮されている。
「ボクは新入生」は何度もリメイクされる「ブリガドーン現象」ものだが、異空間に突入するというSF的なモチーフとそれに順応して、正常な空間に戻ったのに異空間に戻ろうとしてしまう主人公に水木哲学を強く感じる。
それは「怪奇オリンピック アホな男」でも同様で、こちらは永遠に「アチラの世界」をさまようことになるが実はそちらの方が幸せだという皮肉なオチ。
「ないしょの話」はいわゆる「海獣」ものだが、怪物に変身する辺りの描写が今読んでも秀逸。
この他、当時文庫に収録されていなかったエピソードもあるが、とにかく今読んでも面白い。妖怪図鑑的な「ゲゲゲ」とは全然違う魅力に溢れている。まさに絵に妖気が満ちているのだ(実際空気のホワンという描写が多い)。必読。
悪魔くんも、僕にとっては悪魔を呼び出して完全平和の国家を作ろうとするキューピー頭の天才少年の話である、あくまで(笑)。
2年ぐらい前に初めて読んだ少年マガジン版では蛙男が貧太に、ヤモリビトがメフィストになってしかもかなり出来る悪魔になっていたので驚いた。これは「悪魔くん(全)」(ちくま文庫)で読めます。ちなみに扶桑社文庫『悪魔くん(1〜3)』はコミックボンボン版だそうな。
というのも僕が読んでいた東考社版悪魔くんは家庭教師を蛙男・ヤモリビト(こちらは失敗)に変えて、ゲーテのメフィストをモチーフにした壮大なスケールの漫画だったからだ。後から知ったんだけど当時思ったように人気が出ず5巻の予定が3巻になってしまったらしい。こちらでは悪魔くんの野望はあっけなく挫折するのだが、このあっけなさが子供の頃にはショックで、結果的によかったのではないかと思う。それはのちに少年ジャンプでリメイクした悪魔くん千年王国(ちくま文庫)を読んでより強く感じた。こちらは当初の構想を実現した内容となっているが、完成度という点から言うと「東考社版」に一歩譲ると思う。
東考社版では家庭教師・佐藤がヤモリビトになっていく過程がリアルで、すごい恐かった。フラン・ネール氏が人魂を食べさせて助けるのだが、ソースをかけて無理矢理食べさせ、口からポワァと出てくるシーンも忘れてはならない(これはこの本の解説で小山田圭吾も書いている)。
せっかく呼び出した悪魔がメチャクチャ使えない奴、という意表をつく展開も素晴らしい。絵的にはオープニングのわけのわからない彫刻のようなものを描いてある部分も恐かった。
しかしなんといっても奇妙な登場人物の中で唯一「こちら側」にいるヤモリビトの視点から物語っているところがこの作品を面白くしているんだと思う。読者は彼がいるからこそ一見不気味な悪魔くんに魅力を感じることが出来るのだ。こういう構成を取るあたりに非凡なストーリーテリング力を感じる。
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カッパの三平[ぼくら版](講談社)
なぜか4巻中の3巻までしかなく、ツボに入った三平が「なんだかフラフラするなぁ」といってるところで終わっており(「大根畠の珍事」)、その続きが気になってしょうがなかった。最近になって人類文化社『水木しげる貸本傑作大全(II-4・5)』として復刊されたため立読み(セットだったので高くて買えなかった)してみたところ、大した展開はなくてホッとしたようなダマされたような気分になった。
兎月書房版に近いのは少年サンデー版で、ちくま文庫『河童の三平(全)』で読める。後半が世界をまたにかけた冒険になるのだが退屈。河童の三平はあくまで山の奥で河童やタヌキや死神たちとドタバタやっているのがいいのだ。その点、この「ぼくら版」は絵もかわいくてお薦め。
そういえばこの死神がいることもあって、意外にこの漫画も「死」の匂いが強い。「少年サンデー版」では最後に三平自身があっけなく死んでしまったりもするし。
今、この三作品の中でそれが一番好きかと聞かれると「河童の三平」と答えるかもしれない。こののんきさと、それと同じぐらいの哀しさ(悲しさではない)が味わえる水木作品は、自伝以外では意外に少ないのではないか。
追記:
ついに出ました!!貸本版「河童の三平」!

水木しげる貸本漫画傑作選 河童の三平(1) 朝日ソノラマ文庫
全四巻ですが、早く続きが読みたい(特に「大根畠の珍事」以降←しつこい)!

水木しげる不思議な世界3 死神の招き(講談社KCSP)
この短編集を長らく?探してたのだが、先日古本市で¥1600でゲットした。定価が¥580だからプレミア付き。アニメ版「ゲゲゲの鬼太郎」の元となった「地相眼」というエピソードが収録されている。
多少のトラウマは誰にでもあると思うが、僕にとってはまさにこれがそうだ。アニメ版「地相眼」を見たのは「東映まんがまつり(1980/07)」で「電子戦隊デンジマン」が目玉作品だった。デンジ姫(今見るとおばさん)が出て来るというサブエピソードで、当時住んでいた富山県では「デンジマン」は放映されていなかったからとてもうれしかったのを覚えている。その同時上映が「魔法少女ララベル 海が呼ぶ夏休み」「ゲゲゲの鬼太郎 地相眼」だったのだ。おそらく後者2つはテレビのエピソードをそのまま劇場にかけただけだと思うが、「地相眼」というのはそもそも鬼太郎のオリジナルエピソードではなかったのだ。当時は水木しげるの短編を無理矢理鬼太郎のエピソードにした話も多かったそうでその辺りはこちらを見て欲しい。しかし、劇場で流すんだったら、鬼太郎がほとんど活躍しないこんなエピソードをわざわざ選ばなくてもいいのに……。
あらすじを紹介すると、戦時中にひょんなことから「地相眼」という宝石?を手に入れた男が大成功するが、その持ち主の妖怪が盗った「地相眼」の代わりにお前の息子をよこせ、と言ってくる。その息子を「地相眼」にするという。男は葛藤するのだが、息子は自ら「地相眼」となることを選ぶ……というエピソードだった。その人間が宝石になってしまうというオチが子供の頃(7歳)もの凄いショックで長らく僕のトラウマになっていた。
2,3年前にビデオで借りて見直すと、息子がノンポリとして描かれておりあまり悲壮感がなかったのが意外だった。むしろ「地相眼」になることを願っているような感じなのだ。こうなると原典にあたりたくなるのが文学部出身者の性(サガ)←ウソ。ぜひ原作を読んでみようと思い、ようやく念願が叶った。
で、原作だが男の葛藤も息子の願いもほとんど描かれておらずあっさりと地相眼にされる、というだけの話で少々肩すかし。いろいろと肉付けしたのはアニメ化に際してだったのね。
しかし、水木しげるの短編は本当に面白い。全部読みたいぐらいなんだけど、とても追いかけられる分量ではない。一応、所有しているのは
中央公論社『異界への旅 愛蔵版 水木しげる作品集(1)』
中央公論社『風刺の愉しみ 愛蔵版 水木しげる作品集(2)』
ちくま文庫『ねずみ男の冒険 妖怪ワンダーランド(1)』
ちくま文庫『妖怪たちの物語 妖怪ワンダーランド(2)』
ちくま文庫『幻想世界への旅 妖怪ワンダーランド(3)』
ちくま文庫『怪奇館へようこそ 妖怪ワンダーランド(4)』
ちくま文庫『京極夏彦が選ぶ! 水木しげる未収録短編集』
角川文庫『異悦録』
など。時々無性に読みたくなって本屋に行って買い増やしたりしている。面白いのは複数の話で同じモチーフが出てくることだ。これは短編じゃなくて先程紹介した三作品にも言えることで京極夏彦あたりがこの辺を研究しているようだ。
ついでに持っている水木漫画を自分のメモも兼ねて書いておこう。
ちくま文庫『劇画 近藤勇』
角川文庫『猫楠』
中公文庫『今昔物語(上・下)』
講談社KCコミックスの『ゲゲゲの鬼太郎』
など。
妖怪画関係はいろいろありすぎるので省略。これでも全然集まっていないところがすごい。藤子F不二雄のSF短編どころではない数の多さ!ひやぁ。
『劇画ヒトラー』も図書館で借りたが、「近藤勇」など伝記で取り上げる人に一貫したモノを感じる。
さて、今度は漫画以外のエッセイ・自伝などに目を向けてみよう。

ほんまにオレはアホやろか(ちくま)
たいていの水木自伝は幼少の頃のエピソード・戦争中の体験・南への憧れ・貧乏時代・現在という構成を取る。どれも彼の人生へのポジティブな諦観がじんわりと染みることだろう。社会批評社からも出ているそうです。
これは一番新しい自伝&エッセイ。漫画も入っているので読んだことない人はこれから読むのもいいかもしれない。
ちくま文庫にも入っている「のんのんばあとオレ」は幼少の頃を中心にした自伝で、他の本よりも深いところまで書かれている。戦争体験の本も数冊書いている。
エッセイを読みたいという向きには「水木しげるのカランコロン」(作品社)がいいだろう。読みごたえ十分だ。
しかし、片手を失い、あれだけ忙しい思いをしてきた人がこれだけ長生きをしている(漫画家は短命だ)のは驚くべきことだ。でも彼のエッセイを読めばそのバイタリティに納得してしまったりする。自分のエネルギーが落ちたときにちょいとおすそ分けしてもらう、という感じだろうか。
(2000/09/04)

「足立倫行/妖怪と歩く ドキュメント・水木しげる」(文春文庫)
水木しげるは自伝(マンガ含む)は数多く出しているものの、評伝として客観的に書かれたものは少ない。それは著者も意識しているようで、水木本人の勘違いや記憶違い、思いこみなどを丹念により分けて、本体をむき出しにしようとする。また、ツッコんだ質問をした時(例えば手塚治虫に対する思いとか)の水木の微妙な表情や変化を逃さず、本人が語る内容以上の感情をあぶり出すのに成功している。中でも最終章の「のんのんばあ」をめぐるルポタージュは、出色の内容。
ちょっと地味目の本だけど、ファンなら必読の書。
何年か前に古本屋で買って以来ずっと積読状態だったこの本を読んだのは、休暇を利用して鳥取県境港市の「水木しげるロード」へ行ってきたからだ。今年の春はSARSのおかげで行きたかったアジア方面は断念、国内旅行だったら以前から行きたかったのがここだった。3月に「水木しげる記念館」もオープンしたのでグッドタイミングではあったが。
そちらの感想は長くなるので、別ファイルにリンクします。
水木しげるの著書ではないけど、その弟子筋の人たちによるダベリの記録。妖怪オタクの会合の2次会ってこんな具合なのか、という印象(編集者の青木氏のキャラが面白い)。
京極夏彦って小説と著者近影の印象から「京極堂」のような気むずかしいキャラクターなのかと思いきや、マジメにふざける探偵榎津的な性格も持っているのが意外。
それにしても彼は本当に多才な人だと思う。この本の最大の読みどころは京極夏彦の手によるパロディ漫画の数々なのかもしれない。言ってみれば「妖怪なつさん」だ。
通して読むと「妖怪」の定義づけや創作妖怪をどう捉えるかなど、この趣味世界の人がどういうことを基本にしているかが垣間見えるのが面白い。
が、正直かなりしょうもない本ではある。
(2003/06/15)

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