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雑誌編集者の本

今回は主に雑誌の編集者の本を集めてみました。
僕は雑誌を定期購読したことはあまりなくて、マンガに限っては2年ほど「ビッグコミックスピリッツ」を買っていたぐらい。その他の雑誌も特集がよければ買うぐらいです。
ただ何度も書いていますが、無料とはいえ90年代中頃のタワーレコード「bounce」は積極的にゲットして、今でもいくつかの記事は大切な資料としてスクラップしてあります。その時は知らなかったんですが、編集長はサバービアの橋本徹だったそうで、編集長で雑誌が決まるというのは本当だと思いました。彼が編集長を降りてからは普通のPR誌の域を出ていませんからね。
では、そんな雑誌の“裏番”たちの世界をお楽しみ下さい。

少年マガジン」黄金時代の編集長・内田勝の回想録。彼がそもそも教育者を目指してたからなのか「少年マガジン」がかなりマンガ雑誌の発想から離れていて、“大伴昌司のグラビア”・いまや伝説の“横尾忠則による表紙”など相当トンがってたのが分かります。当時の子供にとっての「少年マガジン」は、少し前で言うと「STUDIO VOICE」とか「WIRED」とかああいう雑誌のようなテイストがあったんじゃないかなと思う。
ちなみに大伴昌司のエピソードは「荒俣宏/奇ッ怪紳士録」(平凡社ライブラリー)に収録されています。興味のある方はこちらも。

竹内博編「証言構成 OHの肖像 大伴昌司とその時代」(飛鳥新書)
竹内博編「証言構成 OHの肖像 大伴昌司とその時代」(飛鳥新書)
古本屋でゲットしました。主に関係者のインタビューなんですが、大半の人が大伴昌司のことをあまりいいふうに言ってない本音トークが面白い。故人にたいしてこれ、ってことはよっぽど強烈な人物だったんでしょうね。天才が必ずしも人格者じゃない、という好例。
これだけ多くの証言を集めても、まだ謎のベールに包まれている彼ですが、そのベールの向こうのぼんやりとした輪郭だけでも掴むことに成功している好著。

(追記:2001/07/08)


いわずと知れた「巨人の星」「タイガーマスク」「あしたのジョー」といった70年代「少年マガジン」全盛期を支えた漫画原作者・梶原一騎の評伝。彼は決して編集者ではないのですが、本人も格闘技のプロモーターをしていましたし、マガジン黄金時代を知るには恰好の本ということもあり紹介。評伝としても素晴らしい出来です。
僕の世代ではあまりビッグネームではないのだけど、それがちょうど原作者としての凋落期と重なるからのようです。自分の上の世代にとっては「あしたのジョー」への絶大な支持がありますからね。
梶原のプライドとコンプレックスで苦しむその人生は、言ってみれば「ハリネズミのジレンマ」。栄光の影に孤独あり。正直、先述の作品など僕から見ればアナクロもいいところだけど、時代を考えるとカリスマだったのも分かります。ただ、自分の作品を暴力で守るという態度はいただけない。今でいう「アダルトチルドレン」だったのかもしれない。
「まんがのカンヅメ 手塚治虫とトキワ荘の仲間たち」((株)ほるぷ出版)加筆&改題。
「まんが道」にも登場する恐い編集者。この本には藤子不二雄はほとんど出てきませんが、石ノ森&赤塚コンビとのやり取り、伝説の手塚治虫原稿の争奪戦などトキワ荘ファンは必読。また丸山氏はいわゆる「編集者」といっても、原稿を集めてまわるコンパイラータイプですね。そういうタイプの編集者が書いた本というのも実は珍しいのかも、と思います。

タイトルに偽りありで、内容は僕が愛読していた頃の三代目「週刊少年ジャンプ」編集長へのインタビュー集。西村氏自身が書いた「わが青春の少年ジャンプ」が編年体としたらこちらは列伝体。現在では通用しない、作家にプレッシャーをかけまくって面白い作品を生み出すスタイルの編集者。「消えた漫画家」に貢献した人とも言えますね。この頃のジャンプを読んでいた人には面白いでしょう。
僕にとって、「ガロ」というのはアングラの温床というイメージがあって食わず嫌いのところがあります。いわゆる「ファンが嫌い」ってやつ。面白いことにそんなファンの熱い思いに反してこの長井編集長はあまりマンガに思い入れがない。意外だけど、実際はこんなものかもしれません。
ついでだから「ガロ」に関して言わせてもらうと、60年代といった時代とマンガ史の位置的な意味を考えると「アングラ」というのも意味があるスタイルだったのかもしれないけど、それが形骸化して趣味の世界に突入した時点で、本来の「ガロ」の持つ意味は無くなり、単なる「ブランド」に成り下がったのではないでしょうか。そういうファンの象徴が「佐野史郎」かなとも思うんですが

こうして「マガジン」「ジャンプ」「ガロ」といったマンガ雑誌編集長の本を読んでみましたが、「サンデー」がありませんね。「サンデー」はそういう濃いめの編集色が感じられないところが特色かもしれません。
僕の印象からすると、それぞれの時代を象徴する漫画雑誌は、60年代が「ガロ」、70年代が「マガジン」、80年代前半が「サンデー」、80年代後半〜90年代前半が「ジャンプ」、その後は漫画雑誌が時代を象徴することが無くなったように感じています。
現在の各雑誌をテレビ局に例えると「ジャンプ」がフジテレビ・「マガジン」が日本テレビ・「サンデー」がテレビ朝日・「少年エース」がテレビ東京。根拠はないですけど。

では、次はマンガ雑誌以外の編集者を見ていきましょう。
昨今のベストセラーに少なからぬ影響力を持つ「王様のブランチ」本のコーナーでおなじみの筑摩書房の名編集者・松田哲夫氏。
系譜的には「ガロ」なんでしょうか。赤瀬川原平らと「路上観察学会」を結成したり宮武外骨の研究をしたり……とその活動は限りなく作家に近い。水木しげるからの影響もあり。待望の著者編集の雑誌「頓知」は残念ながら短命でしたが。
自叙伝風の「編集狂時代」のタイトルは、偏執狂と編集狂をかけてたんですね。今、漢字変換してて初めて気づきました。
こちらは新潮文庫版の方が第7章と「編集者ってどういう仕事?」が書き足されていてオトク。僕のバイブルの一冊です。
後者の「これを読まずして編集を語る事なかれ」は自分の編集論と編集に関する対談集。対談相手は赤瀬川原平・荒俣宏・南伸坊・島本脩二・秋山道男・天野祐吉。どちらも「エディット」とは何ぞや?という疑問に対する一つの答えを示していると思います。
以前、「ルール」という特集で紹介した工作舎ボス・松本正剛の名著。松田哲夫があくまで書物の編集を軸に活動しているのに対して、この人は世の中の全てのものを編集対象にしています。ワークショップのような楽しさが味わえます。
ミニコミの“あがり”である「本の雑誌」編集長・椎名誠の自伝。「新橋烏森口青春編」でサラリーマン生活に疑問を持って煩悶する主人公が、「銀座のカラス」でいよいよ会社を後にして「本の雑誌血風録」では自分たちの読みたい雑誌を作ろうと意気込みます。
椎名誠の自伝シリーズは「哀愁の町に霧がふるのだ」から始まり、「新橋烏森口青春編」をはさんでこの2冊が続くようですが、これらのスタイルは作品によってまちまち。たとえば「新橋烏森口青春編」「銀座のカラス」は小説なんですが、「哀愁の町に霧がふるのだ」「本の雑誌血風録」はやや自伝的エッセイ風。
最初の「哀愁の町に霧がふるのだ」が共同生活を描いていたせいか僕自身が寮で共同生活をしていた大学時代に読んでかなり共感しながらページをめくった覚えがあるんですが、「新橋烏森口青春編」「銀座のカラス」はサラリーマン小説という側面も持っているため、僕自身が就職してから読んだらハマりました。
ということは、僕が会社をやめたら「本の雑誌血風録」はもっと面白く感じられるようになるのだろうか(笑)?
椎名誠の自伝シリーズ第6作。今回はいよいよ会社をやめてフリーライターとなり、いつものメンツはもちろん、野田知佑など仲間とつるんでいく課程がエッセイ風に描かれている。この本からようやく椎名誠は作家となったわけで、おそらく専業作家になってしまった人が誰でも陥るであろう“ローバイ”が描かれていて、笑える。文章書きや読書といったインドアな面と、仲間と無人島にキャンプへ行ってしまうアウトドアな面を持つあたりはいつもながらうらやましいな、と思う。
ちなみに続編で自伝シリーズは完結するらしい。

(2002/08/12追記)

上に書いた椎名誠率いる「本の雑誌」の黎明期に事務処理をやり、後にエッセイストとしてデビューする群ようこが、就職活動期〜本の雑誌を退社するまでを書いた自叙伝。群ようこって親が何冊も読んでいたけど、まともに読むのは始めて。この本は理不尽な会社や上司とぶつかって次々と職場を変えていく前半と、あこがれの「本の雑誌」に参加するもその仕事は不満だらけという後半に分かれていて、どちらも20代後半の非モテ系女性の本音丸出し内容が笑えました。
インディー誌「本の雑誌」がメジャーになる際の苦労話として読んでも興味深い。
「高橋章子/ビックリは忘れた頃にやってくる」(筑摩書房)
「高橋章子/ビックリは忘れた頃にやってくる」(筑摩書房)
YMO周辺を洗っていくと必ず出くわす「ビックリハウス」周辺。あとはラフォーレとかセゾンとか「構造と力」とか。そんな中でも「ビックリハウス」は興味もないし読んだこともありません。80年代のギャグは根本的に寒いと思います。
この本にもそういった80年代初期の「文化人」がいろいろと出てきて、時代の空気を感じるにはいいかも。ただ、この高橋章子氏自身は全然好きじゃないですね。編集者ですらないと思う。
「今野 裕一〔ほか〕/ペヨトル興亡史 ボクが出版をやめたわけ」(冬弓舎)
「今野 裕一〔ほか〕/ペヨトル興亡史 ボクが出版をやめたわけ」(冬弓舎)
こちらは2年前ぐらいに解散した出版社「ペヨトル工房」の、解散日誌や出版業を振り返った本。といっても僕はペヨトルの本は「銀星倶楽部テクノポップ」を持っているぐらいで、「夜想」とかタイトルからしてゴス&耽美なこの出版社は敬遠すらしてました。そして僕のような人は近年多くなったようで、もう時代と合わなくなっていく様が書かれています。もっとも、ここでも書かれているように再販制度にあぐらをかいた出版業界の怠慢も、こういったマイナーだけど気骨のある出版社を潰しているのは間違いないと思う。
ちなみにペヨトル工房、トレヴィル、リブロポートは西武つながりで区別ついてませんでした。全部つぶれましたが。これに工作舎もちょいかぶる。

(2002/08/03追記)

音楽青年の自叙伝。ビートルズから徐々にジャズへ興味がシフトする大阪編と、上京して「スイングジャーナル」で編集者として働き始める東京編。特に前半の、田舎の高校生が刺激しあう友人とエネルギッシュに活動する姿は、まさに「青春」。僕はスイングジャーナルなんて手に取ったこともないですが、一気に読ませられました。
後半はマイルス・ディヴィスと出会うあたりが盛り上がります。

(2001/01/08)

近藤恵「ミニコミのつくり方」(情報センター出版局)
近藤恵「ミニコミのつくり方」(情報センター出版局)
前にも取り上げたけど、修学旅行のしおり・クラス誌などからだんだんとミニコミ作りに心酔し、「VANDA」の発行人でもある著者がそのノウハウだけでなく、心意気・コツなどをまとめたとてもおいしい本。実践版「少太陽@まんが道」とでもいうべき、読んでるだけで近藤姉さんと一緒にミニコミを作ってるかのような錯覚に……。それだけミニコミ作りの現場を生々しく書いているってことですが。
やはり「自分のメディアを持ちたい」というのがその根本にあり、そういう意味ではこのWEBページ作りの上でも参考になることがいろいろ書いてあり参考になりました。 小さな雑誌で町づくり(晶文社)改題。
「本屋はサイコー!」にもちょっと出てくる谷中・根津・千駄木をテーマとしたミニコミを発行する森まゆみを中心としたSOHOの記録。こういうメディアを立ち上げる話って大好物なんだけど、この本に関しては彼女の文学趣味に全然ついていけず、最後までのれなかった。地元密着型のメディアの成功例という意味では読んでおいてよかったかなとは思うけど。
僕は雑誌が好きな方で、本屋はもちろんコンビニですら雑誌があるとワクワクするんだけど、実際に雑誌を買うことなんてほとんどない。定期購買してる雑誌はないし、よっぽど資料として取っておきたい記事や特集があれば買うけど、それすら年に2、3回あったらいい方だ。マンガ雑誌は全く読まない
会社の休憩所や閲覧所に雑誌があって、仕事の気分転換にワクワクしながら手に取るんだけど、そのワクワクが読後の方が勝ってるなんてことはない。

これは雑誌が面白くないのだろうか?

でも考えてもみれば、欲しい情報はwebにて無料で・リアルタイムに・どこででも手に入ってしまうし、webは雑誌と違って広告をもらって書いたであろう提灯記事なんてのもほとんどない。
そして、通販のカタログなんて、こんなにカラーが多くてなかなか読ませてくれるのに無料で・あちらから送ってきてくれる。その通販のカタログと情報雑誌の違いは、実はそんなにないのかもしれない。

こんな時代に雑誌は必要なのだろうか?

そんな疑問に答えるべく、それが必要とされ時代に対して力を持っていた平凡出版・現マガジンハウスの雑誌「ポパイ」の創刊時〜初期スタッフへのインタビュー集がこの本。
この雑誌を面白くしてたのは編集者のパワーというか、彼ら自身が面白がり体育会系のりでハチャメチャをやっていたからで、それがシステマチックになっていくとだんだんとつまらなくなる、というのが全体的な意見。
もっとも、彼らは現在の「ポパイ」がつまんないのは自分たちとは無関係なように語っているけど、結局そういうパワーというか雑誌を面白くする肝の部分を次の世代の作り手に伝えられなかったのは反省すべき点なんじゃないかともちょっと思った。また、まだ外国に行くのが珍しかった時代にアチラの情報を伝えるだけでも貴重だった時代と、現在のようなバーチャルとはいえグローバルな時代を比較するのはちょっと無理があるのではないか。大体の人が「あの頃は楽しかった」と回想しているのに、アメリカのスピリチュアルな世界にコミットしてるらしい北山耕一氏が一人批判的なことを言ってるのも、彼の意見自体はどうかと思うけど相対化という意味では貴重。
編者はやや思い入れが強すぎて客観性を若干欠くところがあるけれど、それをおいても情熱たっぷりのいい仕事だと思った。雑誌好きの人なら必読なのは間違いない。少なくとも面白いモノを生み出していた現場の一つは想像することができる。

(2003/03/09)


現在では小説家、エンタティンメント作品の評論家として有名な元「ヒッチコックマガジン」編集長・小林信彦の半自叙伝。といっても主人公の前野辰夫は小林氏とイコールではない。その証拠に、この作品中には史実通り「ヒッチコックマガジン」編集長として中原弓彦(小林信彦氏の別名)が登場するし(新潮文庫上巻P208〜)、前野辰夫がその「ヒッチコックマガジン」や「エラリイ・クィーンズ・ミステリ・マガジン」、「マンハント」「SFマガジン」に対抗して出す雑誌「パズラー」の編集長に抜擢され悪戦苦闘する、というのが大筋となるからだ。
タイトルの「夢の砦」というのは、彼自身が理想の雑誌を作ることを通して作る「同世代の作家、詩人、評論家、映画監督、テレビプロデューサーが自由な発言をなし得る文化圏」(新潮文庫上巻P336〜)のこと。この後の植草甚一責任編集「ワンダーランド」や初期「ポパイ」なんかがそういうムーブメントを作ることに成功した雑誌だったのではと思うけど、劇中では辰夫の“夢”は「予感」という雑誌に結実しそうになるもの……。
彼が編集長として会社のゴタゴタと戦ってウンザリするあたりも読みどころだし、副業としての放送作家の目から見た黎明期のテレビ業界の内幕も面白い。その辺りに興味がある人はまず読んで損はない。
また主人公の友人として、作者があとがきで「もう一人の分身」と語る“河合寅彦”なる才人も登場するが、彼は小林氏の作家部分を担う役割を持つものと推測される。ただしこの小説を読む限り、小林信彦自身は小説家としては何かが欠落してる気がする。それは彼の評論を読んでその的確さに舌を巻きつつも、実際にこの人が自分の近くにいたらちょっといやだなと思わせる部分にも通じると思う。端的にいうと各人物への感情移入を故意に拒ませるような書き方をし過ぎている気がするのだ。それが逆にあの鋭い評論を生み出していると思うのだけど。
この感想を書くにあたっていろいろ調べてるうちに、小林氏が数回芥川賞・直木賞の候補になってることを知って驚いたけど、逆にこの小説を読んでみて、やはり彼は編集者/評論家タイプだなぁと強く思った。

とはいえ決してこの小説がつまらないわけじゃなくて、60年代前半のサブカルチャアの雰囲気を掴むには格好のテキストに違いない。赤木圭一郎の死や「ウェストサイド物語」が当時の若者に与えた影響の大きさなどは、このような小説の中で語られねば実感としてはなかなか分からないはず。

残念ながら現在絶版状態だけど、↑のタイトルでリンクしてる「新潮オンデマンドブックスサービス」にて手に入れることができるらしい。少々値段が高いですけど。ちなみに僕はBOOK-OFFにて文庫版を安価で手に入れて読むことができた。
なんでこの本をこのコーナーに?って疑問を持つかもしれないけど、実は本書は2003年にその十年の歴史に幕を下ろした雑誌「カメラジャーナル」の発行人かつ編集長が書いた、クラシックカメラブームの顛末を書いたものなのだ。
タイトルを一見すると、またどこかの大学の社会学教授がしたり顔で適当な分析をしてるんだろう……などと思いがちだけど、これは実際にブームに乗り・そしてそのブームが去ったため損をした人が書いたという点で非常に珍しく、貴重な本だと思う。

実はこの本を読んで初めて「中古カメラってブームだったのか!」と驚いた。僕は赤瀬川原平ファンなので、あまりカメラに興味がなくてもカメラ本のコーナーはチェックしていたんだけど、確かにここ2年ぐらいで中古カメラの本ってグッと減った気がする。今もカメラ趣味の一ジャンルではあるんだろうけど、ブームではないらしい。
で、その中古カメラブームを振り返ると、

ブームが起こる→その中で教祖的存在が生まれる→マニア本が売れる→聖地が生まれる→ピークになり、マスコミが取り上げる→他業種が参入して市場が荒れる→ブームの初期からいた人が離れはじめる→ブームが下火になる→うまくいくと「定番化」するがたいていは消えていく

というのが流れらしい。確かにカフェブームとかもそうかも。しかもこれ、みうらじゅんが提唱する「マイブーム」にもあてはまりそう。
で、面白いのがブームのピークを見極めるには?という問いに、数字を信じること、と著者が書いていることだ。数字は正直。ブームが去るということは送り手が提示するものに受け手が飽きているということで、それは売り上げ・視聴率etc.といった数字が一番正確に教えてくれるという。
ただ「撤退」ってのはどうしてもネガティブに捉えられてしまうし、儲かってる時はなかなか数字を信用したくなくなるものだ。
僕は常々アイドルやスターは引き際が大事と思ってきたけど、これも同じだなぁ。引き際がうまかったのが、山口百恵、キャンディーズ、あと再結成をしないBOφWYなど。引退だけじゃなくて、いつ転身するかというのもポイント。つまり「アイドル撤退」のタイミング。意外だったけどヒロスエはそれが非常にヘタクソで、モー娘。もタイミングを逸したと思う。
とまぁブームというものは眺めている分には大変楽しいものだけど、その送り手になってしまうのは意外にツライもんだなぁ……というのが分かった。このことはエンタティンメントにおいていかに送り手が受け手の欲求を正確に察知し、その欲求自体が枯渇しないようにどう供給をコントロールしていくか、という問題とも似ていると思った。
雑誌「宝島」の創設メンバーで、のちタモリなどのブレーンとなる著者の、70年代回想記。
最初に正直な感想を書くと、期待はずれであった。僕は小林信彦「夢の砦」風な、「宝島」創刊当時の熱気を伝えてくれる本だと思ってたら、どちらかというと身の回りに起こったことを書きつづってある覚え書きのようなものであり、決して著者が「宝島」を通してやりたかったことが熱く語られてるわけではない。
もちろん、そういう目線で眺めた雑誌創刊の裏話というのは、たとえば「ワンダーランド」という誌名がどうして「宝島」になってしまったのかなど、面白い話はあるにはあるんだけど、僕自身はどうもこの著者とあわなくて最後までその違和感が残ってしまった。
その違和感っていうのは、あの時代の、あの場所にいられた人への嫉妬なのかもしれない。それが自分も「この人はすごい!」と認められれば納得するんだけど、この著者の場合、その辺が「え、なんであなたがあそこにいられたの?」という印象がぬぐえなかったのだ
それは身辺雑記のわりには、著者のキャラクターがいまひとつハッキリしないというか、「で、あなたはその時どう思っていたの?」って部分が薄いからなんじゃないかと思う。そもそも、もしかするとそういうものがあまりない人なのかも。

(2004/03/22追加)


現マガジンハウス・旧平凡出版にて、「平凡パンチ」「平凡パンチデラックス」の創刊に携わった著者の回想録。
マガジンハウスといえば、「ポパイ」「アンアン」「ブルータス」など伝説的な、しかしいまでも現役である雑誌たちをいくつも出しているが、その始まりはこの「平凡パンチ」だったのである。なにせ、今でこそ当たり前である若者、特に男性向け雑誌なんて、その前までなかったのだ。そういう雑誌を創刊しようと思ったのが創始者である清水達夫と岩堀喜之助の二人。著者にとっては、雲の上の人なんだけど、そのカリスマぶりが伝わる。
この手の本は記録的になりがちだけど、本書は雑誌作りの真っ直中にいた人物の手によるものなので、まるで自分が編集部にいるかのような臨場感がある。あまり資料性は高くなくてどちらかというと地味な本だと思うけど、現場の証言として貴重。
それにしても、タイトルにもある1964年も含めた「60年代」ってのは、いまから思うと本当にオシャレな時代だったんだなぁ。もちろんそういう文化に触れられる人は限られていたんだろうけど、だからこそこういった雑誌が一部の人以外に「憧れのベクトル」を提供する必要があったし、需要もあったんだろう。だから、いまこの手の雑誌が売れない、というかないに等しいのはとても分かる。
祥伝社のストリート系雑誌「BOON」の立ち上げ編集者の一人である著者の「BOON」回想録。雑誌の創刊話が大好物なだけに、本の存在を知るやすぐに読み始めたが、うーん、どうも期待していた本と違う。ファッション雑誌だけあって、僕が求めるサブカルチャー系雑誌のあれこれとは今ひとつ違うのだ。たとえば、どうやって当時あまり雑誌が目をつけなかったジーンズを取り上げたか、とか今の裏原系に通じるニッチなショップの見つけ方、とかアパレル寄りの話題がかなりを占める。
逆にモデル時代の竹野内豊、鈴木一真、村上純、りょう、内田有紀のエピソードなどが読めるのは貴重かも。あ、マーク・パンサーも。

また80年代後半から90年代前半のバブリーな時代を謳歌する著者の様子などは、読んでいてやや疲れる
あと、バリバリ働いていたI編集長が倒れてそのままフェードアウトしていく様は、サラリーマンである自分もちょっと考えさせられた
創刊当時の徳間書店「アニメージュ」編集長である著者の回想録。
「アニメージュ」編集部に関しては、大塚英志が隣のマンガ雑誌編集部に出入りしていた時のことをちらりと書いていたのと、ジブリの重鎮・鈴木敏夫が在籍していた、ってことぐらいしか知らない。僕は中学生の頃ガンダム周辺がやっぱり好きで、メカ資料目当てでアニメ雑誌も買っていたけど、それは新興の角川書店「NewType」であって正直「アニメージュ」は古くさいなぁ、という印象だった。

でもこの本を読むと、そもそも「アニメ専門誌」という発想は「アニメージュ」が最初であったことが分かる。そしてそれをパワフルに先導したのが尾形氏なのだ。
面白いのが彼自身は「アサヒ芸能」出身の編集屋であり、決してアニメーションに思い入れがないところ。でも「ヤマト」などアニメーションがサブカルチャーの中心となっていくのを独特のカンで嗅ぎつけ、先述の鈴木氏のような優秀なスタッフとのちにオタク系ライターとして名をはせる何人ものブレーンを擁し雑誌を立ち上げるのだった。

この本の中で周りの人が尾形氏のエピソードを描いているんだけど、そのオヤジぶりにはみんなまいっているようで、こういうバイタリティあふれる人物ってやっぱり必要なのか。なにせアニメ上映イベントでは飽きたらず「ナウシカを映画にしよう!」などと言いだし、結局それが今のジブリを作るに至る……なんて、やっぱりこんなアブラギッシュな親父でもないと無理だろう。
編集作業はスタッフにまかせて、自分はカラオケに行ってしまう、というのも天然ディレクターならでは。

もちろんいろんな細かい裏話的エピソードも満載で、80年代のアニメーションが好きな人にはおすすめ。

(2005/04/24追加)


本屋で見た時は手にとったもののすぐに平台に戻してしまったけど、図書館の新刊コーナーにあったので借りてみたところ面白くて一気に読了してしまった。実は坪内祐三の本を読むのは初めて。
雑誌好きな著者が、それこそ物心ついた頃から「東京人」の編集者になる前までに接した雑誌の批評とそれにまつわる自身のエピソードなどをまとめた本。具体的には「少年マガジン」「ゴング」「キネマ旬報」「COM」「ガロ」「宝島」「ミュージック・ライフ」「週刊プレイボーイ」「本の雑誌」「カイエ」「スタジオボイス」などなど、とにかくたくさん。特に「高校時代(1974-1977)いわゆる「雑誌の時代」にリアルタイムでドキドキ」の章が個人的に読み応えがあった。
思い入れがある雑誌でも絶妙な距離を保ちながらその魅力を、またはいまいち自分が乗り込めなかった雑誌ではその理由を、それぞれ細かく綴っていて、その雑誌がまとう時代性のようなもの(著者は「アウラ」と呼んでいる)がなんとなく伝わってくる。
でもこの本が一番面白いのは、雑誌を通した著者の青春期になっているところだと思う。もちろん僕が彼と同じ大学の同じ学部出身だから(著者が学生時代、ミニコミ「マイルストーン」にライターとして執筆して、しかも当時は大学サークル紹介誌ではなく普通のミニコミだった、というのは驚きだった)、時代が違うものの親しみがわくのかもしれないけど、それを差し引いてもそれぞれの雑誌を位置づけることで著者の立ち位置があらわになっていく過程がスリリング。
雑誌好きなら読んで損はないと思う。
70年代の雑誌「面白半分」の発行人だった著者の回想録。「面白半分」は著名作家を交代制で一定期間編集長に迎えるというユニークな体制を取っていた(いわゆる○○責任編集ってやつ)ようで、この本は雑誌の内容よりもその作家たちとの交流録となっている。
副題に「サブカル」って書いてあるけど、吉行淳之介、野坂昭如、開高健、五木寛之、藤本義一、金子光晴、井上ひさし、遠藤周作、田辺聖子、筒井康隆、半村良、田村隆一という歴代編集長の名前を見ていると僕の世代にとってはとても「サブカル」とは感じられない(というか少なくとも表記的には「サブカルチャー」が正しいだろう)。いかにも「作家でござい」という強烈で破廉恥なエピソードが次から次へと披露される。
でも一番感心するのはそれらの作家たちとなかば無意識でつき合い、仕事をリードしていけた著者の「面の皮の厚さ」が一番読みどころかもしれない。
なにせ作家を尊敬しつつも、全く「大先生様、ハハァ……」などというところがなく、酒で失言をしたり、作家の機嫌を損ねてしまうエピソードなんかがてんこ盛り。だけど、その「愛嬌」こそがこんなクセのありすぎる作家たちと渡り合えた秘訣なんだろうなぁ。
ゆえにこの本は雑誌や編集について書かれた本ではなく、これらの作家の中に興味がある人が読む本だと思う。
平凡社「太陽」の元編集長・嵐山光三郎の自伝的小説。
主人公・英介のいた國學院大學の特別教師に金田一京助、吉田健一、英語の先生に丸谷才一がいるわ、唐十郎とはダチで、同世代の学生に山本晋也、角川春樹がいてニアミスしてるわ、道を歩いていると志賀直哉が歩いているわ、暗黒舞踏の土方巽のバーへ飲みに行けばそこには無名時代の池田満寿夫がいるわ、渋澤龍彦と三島由紀夫がケンカしているわ、中西夏之から作品を買うわ、仕事をさぼって画廊に行けば赤瀬川原平が個展を開いていて千円札のコピーを買うわ、壇一雄の家に原稿を取りに行けば娘の「ふみ」ちゃんがいるわ、友人の安西が会社を辞めて水丸と名乗るわ(!)、とにかくこの頃の著名人が実名でガシガシ登場してくるのにクラクラする。
ストーリー自体はやんちゃというかこの時代に生まれなくてよかったってのが読み手としての本音なんだけど、モラトリアムというにはあまりにもアグレッシブな生き方に読んでいると少々胸焼けがする。でもそれこそが著者の書きたかったことなのでは。

(2005/05/29追加)


<最新更新分>
小学館の、当時は「週刊サンデー」の赤塚担当編集者だった著者の回想録。
編集者といってもこの人の場合は完全に赤塚不二夫ブレーンの一人で、というのも赤塚不二夫の創作スタイルが完全にプロダクション制だったからであり、そのありさまが生々しく描かれている。
トキワ荘を出てからの、古谷三敏、北見けんいち、長谷邦夫らがいた黄金時代のすごさは他の本からだいたい想像はついていたのでいいとして、読みどころは彼らを独り立ちさせた後の赤塚自身の凋落ぶりだ。その頃は著者がサンデーから少女漫画雑誌に移動になっていたので、あまりウェットにならずに淡々と書かれているのが救い。

いくつか面白い小ネタも書かれており、
など、他にもよくもこんなことを!というエピソードも多くて一気に読まされた。

(2005/08/09追加)