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青春小説


今回は僕が大好きな青春小説の特集。昔から好きなんですよ、高校生とか大学生ぐらいの主人公を描いた小説って。しかも自伝的だと言うことないですね。この傾向は「まんが道」にやられてからかもしれない。
どれもなんか理由もなく燃えてて、最後は理由もなく寂しい。そんなところがいいんですかね。
ただ「青春小説」を書くのは小説家だから、作家になりそうな人の青春が多いんですよね。それに飽きちゃっていろんな人の自伝を読むようになったのです。
これを読まずして何を読む!?という青春音楽小説の金字塔。これは私家版なのでボリュームアップしてます。通常版よりビートルズへの思いが多くなってるような気がしました(気のせいかも)
田舎の高校生がエレキギターに感電しちゃって、バンドを組み文化祭のステージへ!そして最後は高校生活が終わり……という、もう定番のストーリー。でもいいんだなぁ、キャラクター一人一人が憎めなくて。
「青春デンデケデケデケ」の作者が書いた大学時代の青春小説。「アフターデンデケ」を期待しましたが、恋愛中心なのが意外でした。「デンデケ」の最後の寂しくウェットな部分が延々と続く感じ。案外こういう作家なのでしょうか?
雨鶏」(角川書店)という、同じく大学生が主人公の作品はもうちょっとトーンが明るくて、こちらは「アフターデンデケ」と言えるかなぁと思いましたが、期待ほどではありませんでした。
どちらも音楽は出てきません。
編集者の特集で紹介しましたが、「哀愁の町に霧がふるのだ」「新橋烏森口青春編」「銀座のカラス」は椎名誠の自伝的作品で、それぞれ共同生活の学生時代、サラリーマン時代、脱サラするまで、を描いています。小説としての出来は「銀座のカラス」が一番かな。
そんな椎名誠の相棒のイラストレーター・沢野ひとし氏の青春音楽小説。カントリー音楽を舞台にしており、そのシーン自体の栄光と没落も描いています。
この人、イラストはなんかふにゃふにゃして変な感じなんだけど、横に添えられている言葉がなんとも詩人していていいんですよね。だから小説もちょっとセンチ気味。
うまいな、と思いました。小説としてそつがないというか、ブンガクじゃなくてあくまで小説の魅力を感じるというか。おそらく著者の自伝的な内容だと思うんですが、商店街の人間模様がベタベタに泣かせるでもなくクールに描くでもなく、でもおそらくこの商店街には確実にあったんだろうなという「空気」が読み手に伝わって来ます。
高円寺純情商店街シリーズ第二作。前作が短編集だったのが、今回は中編三本。大型スーパーの進出を始め(主人公にとって)大きな事件が起こる。少し切ない感じを中心に前作の延長線上の作品。
高円寺純情商店街シリーズ第三作。前作が書かれてから8年近く経っており、だんだんと作風がウェットになっています。ここまで来るとこのシリーズで書く必然性を失っており、前作までの味わいは皆無と言ってもいい。今回はいわゆる「イタい話」が中心で、具体的には「無頼」な父親の友人、ヤクザと不良少年などいわゆる鼻つまみ者たちが描かれていますが、前作までの商店街のキャラクターたちはほとんど出て来ず、主人公の成長を描くでもなく非常に中途半端な作品になってしまった気がします。
ねじめ正一「赤チンの町」(新潮社)
ねじめ正一「赤チンの町」(新潮社)
中央線から舞台を移して品川の商店街を舞台にした中学生が主人公の成長小説。なにげないエピソードを重ねながら、少年から青年に移るぐらいの微妙な感情を描いて、佳作。
ねじめ正一「青春ぐんぐん書店」(新潮文庫)「風の棲む町」(日本放送出版協会)改題
ねじめ正一「青春ぐんぐん書店」(新潮文庫)
「風の棲む町」(日本放送出版協会)改題
「青春デンデケデケデケ」に似てるタイトルから想像するに、書店の息子のおもしろうてやがて切ない青春小説、かと思いきや自分の家が経営する書店も焼けてしまった大火とそれによって噴出する青春期の不満、みたいな内容で正直がっかり。後半の意外といえば聞こえはいいけど唐突な展開も閉口。何冊か読んでみましたが、作家としてのキャリアと比例して個人的には好きじゃない作風になってしまいました、ねじめ正一。もう読むこともないでしょう。
1998年第三十四回文藝賞。「J-ブンガク」ですか?図書館で借りて読みました。
退屈な日常にかつての友人が居候し、去っていく。ただそれだけの小説。えっ、これがブンガクですか?と思った。しかも賞まで取ってる!少なくとも、「現在」というものを描くことにおいては、完全にマンガ表現の方が勝ってしまっていると思わざるを得なかった。
1999年第十二回三島賞を受賞。石原慎太郎絶賛、だそうです。これも図書館で借りて読みました。実は本当はこっちが読みたくて、「ラジオデイズ」は間違えて借りたのでした。しかも、その前にすでに「安部和重/インディヴィジュアル・プロジェクション」と間違えてたという(笑)。「J-ブンガク」の定義は装幀にあり!
しかし、こちらもまた……。なんでこれで賞取るわけ?いや、どっちもつまんないとは思わない。でもこれが「賞」を取るってことは少なくとも出版社がプッシュしたい本なわけですよね?いや、こんなレベルだと思いませんでした→J-ブンガク。もっとマシかと思ってました。今ブームのミステリの方がよっぽどブンガクしてるんじゃないでしょうか?

(2001/02/12)

文化系男子にありがちな、サブカルチャーにくわしくなることで「自分には人とは違う何かがあるはずだ」「ここにいるくだらない連中とオレは違うんだ」という根拠のない思いこみを持つという、ある種イタイ青春を描いた自伝的小説。
著者である大槻ケンジはミュージシャンなので、これも「青春デンデケデケデケ」「東京ラブシックブルース」といった“青春音楽小説”の系譜だけど、僕は本当にこれに弱い。正直、大槻ケンジの音楽なんて全く興味ないし、パーソナリティもアングラベクトルなそのテイストなども全然受け付けないんだけど、油断するとついつい読んじゃいます。
今は小説家としてもそこそこ認められてるようですが、これらの作品の文章はヒドい。ギャグのセンスもすべりまくり。小説としては赤点なんですが、最初にも書いたように青春期特有の自意識過剰な部分を描いている部分がいいです。誰しもがこういう思いは持っていると思うのですが、なかなかそれを描くことはできないですからね(描き方が優れているわけじゃないんですが)
ちなみに、有頂天のケラならぬ有狂天のケロ、人生ならぬ一生、筋肉少女帯ならぬ筋肉少年少女隊などなどナゴムレコードをモデルとした部分もあるので、その手のファンだった人は楽しいかも。

(2001/08/27)

もう完結しないのかと思ってほとんど忘れてたらひょいと新刊が出ていたので、最後までつきあうかと思って図書館で借りた。
が。
とても最後まで読み通せる内容ではなかった。上でも書いてるけど、文章や構成でイタい部分が多くて鼻につく。作者が作品中に顔を出してゴチャゴチャいうところなんて、いい加減にしてほしかった(しかもかなりスベってるし)。それでも青春小説として楽しめればいいんだけど、もはや作者曰く「妄想小説」に突入してて、そもそも「大槻ケンジ的世界」が苦手な僕としては耐えられなかった。というわけで後半は飛ばし読み。かなりガッカリの最終巻でした。

(2004/01/02)

相変わらず青春小説・映画が好きで、いろいろと読んだり観たりしてるが、いくつかたまったので感想を書いておく。
作家・井上ひさしの自伝的青春小説。岡本喜八監督で映画にもなったが、原作に忠実な内容だった。舞台は東北の進学高校で、成績によりクラスが振り分けられるのだけど、主人公とその仲間達は一番下のクラス、つまりオチこぼれ。結構下ネタが多く、主人公達の妄想ッぷりも笑えるが、それを加速してるのが独特の訛り。そのせいで、どこか憎めなくなっている。
物語は、東京からの転校生が来て、彼との確執〜友情が描かれる。ラストがやや尻切れな感じもするけど、まぁそれも青春小説の特徴かもしれない。
大学・学部が自分と同じ作家だったので、在学中に読んでみた。けど、内容はほとんど覚えてない。タイトル勝ちな気もする。なんとなく覚えているのは、アングラな女性が出てきて主人公を翻弄するという部分。なんか「あるある」と思ってしまった。
これまた作者は大学・学部が自分と同じなので、ところどころ学校の描写が出てきた。これも在学中に読んだ。ちなみに「ノルウェイの森」も同大学・学部が出てきていた。
正直、あんまり面白いと思わなかったけど(そもそもこの作家をあまり面白いと思わない)、性病にかかる描写がリアルで妙に覚えている。
17歳の誕生日に現在の奥様にもらった本。奥様はいまだに読んでないとか(笑)。17歳というのはちょうど受験勉強をしてる高校生の頃で、この本を読んで「アメリカの高校生(といってもかなり昔だけど)ってずいぶん遊んでるなぁ……」とうらやましいというか、なんか腹が立った記憶がある。夜には女の子と連絡して、親父の車で街を流す、というのは映画「アメリカン・グラフィティ」や次に紹介する「ロケットボーイズ」などアメリカの青春ものでよく出会うけど、なんか独特だと思う。そのことは前にコラムで書いたのでそちらをどうぞ。
ボブ・グリーンはエッセイストらしいけど(エッセイは読んだことない)、ここでも新聞に自分の記事が掲載され一喜一憂するシーンなどがある。その辺は映画「あの頃、ペニーレインと」にも似ているかも。
映画「遠い空の向こうに」の原作で、のちにNASAで技術者として働いたこともある著者の自伝。
炭坑で働く厳格な父とロケット技術者になることを夢見る田舎の少年の確執、それを厳しくも暖かく見守る母親と、出来のいい兄。主人公を助け、時に叱咤激励する仲間たち。……とまぁよくある図式なんだけど、自伝だけに父親との確執も最終的に解決しないところ(あとがきを読むと、それは父親が死ぬまで「和解」はなかったようだ)はリアル。「2」は続編ではなく、「1」と同じ時間軸で父親以外のエピソードを中心に描かれる(母親の話が多め)
技術者出身だけど、訳のよさも手伝って非常に文章がいい、と思う。
ジョン・キューザック主演の映画の方が有名かもしれない。映画はアメリカだったけど、原作ではイギリスのとある中古レコード屋を舞台にさえない店主が人生、特に恋愛に悩むという内容。なんでもトップ5にしちゃうところとか、普通のポピュラーミュージックをバカにして、珍しいレコードを持っていることがアイデンティティというある種イタい人物描写が面白い。レコード屋に行くのが好きな人は必読、といってもいいでしょう。

(2002/08/14追記)

写真家である著者の、写真学校時代を描いた自伝的青春小説。写真家を目指す、ではなくただなんとなく写真学校に入って、とくに何も起こらず学生時代が過ぎていく。その「何も起こらない」というのはあくまで事件的に見ればであって、彼から見ればささいなことも自身を大きく動かす。その様子が小説としてよく出来ていて最後まで読ませてくれる。
彼の写真は見たことないけど、たぶんこの小説と似た、ナルシズムに陥らないセンチメンタルなものなんじゃないかと思った。
みうらじゅんのファンで自伝的青春小説好きの僕が読まないわけがない、彼の「そういう」本。
彼の小説以外の本は数冊読んでいるものの、ファンといいながら面白かったのは「見仏記」ぐらいで他の本はいまひとつ、と思っていたんだけど、考えてみるにみうらじゅんという人は「ボケ」てこそ面白い人なのでツッコミがいないソロの本は彼のキレが十分堪能できないのではないか。「見仏記」シリーズやスライドショーの相棒・いとうせいこうが責任編集したみうらじゅんのヴァラエティブック、とかメチャクチャ面白そうなんだけど。

今回の本はそういうソロ本、しかも小説なので、果たしてどうなのかと思いながら手にとってみた。

が。
これがおもしろい。
というか意外にも小説として完成されていて驚いた。同じ自分をヘタレ文系少年と思っている主人公といえば先にも紹介した大槻ケンジの「グミ・チョコレート・パイン」シリーズが思い浮かぶんだけど、小説家と名乗る大槻ケンジの10倍はうまい。つまり、みうらじゅんのあの「ボケ」ってのは彼の妄想力の強さから来ているってことなんだろう。そういや、みうらじゅんは「アイデン&ティティ」の作者だったっけ。

プロットは、冴えない高校生が「ユースホステル=フリーセックスの巣窟」という噂を信じて島を目指し、そこでまたしょうもない出来事がいろいろ起こるという感じなんだけど、その「しょうもなさ」のディティールも説得力があり、だけどラストはちゃんとビルディングスロマンとして完成されたものとなっている。

みうらじゅんをなんだかいかがわしいオッサン、と思っている人にこそおすすめしたい一冊。
NHKの「中学生日記」とは何の関係もない、ガロ人脈系の久住昌之・卓也兄弟によるマンガ。
今住んでいる家の近くに中学校があって駅なんかでそこの子供たちを見るんだけど、これがホントにウザい。僕は中学の頃友達と小突きあったりってことはわりとしなかったんだけど、男子校ってせいもあるのかジャレるジャレる。でも、あぁあんな頃もあったなぁとそのメンタリティが分からなくもない。異性に関心が移る寸前のホモセクシャリティ的な時期。
そんな、今思うと「あちゃー」って思うような中坊のディティールを執拗に再現しているのがこのマンガ。新しい床屋に入るくだりや、意味のない流行語が流行る過程などリアルすぎ、というかやっぱり実話なんだろうか。
そしてその「あちゃー」ってのは、つまり今の自分にもそういう部分が少しではあるが残っているからで、ゆえにこのマンガはかつて中学生男子だった人全てに読んでほしい本だ。

(2004/12/5追記)


本書はタイトルを見て「お、自分好みの自伝的青春小説か?」と思い、手にしたのだけど、僕は最近小説をあんまり読まないのでこの著者が誰なのか知らなかった(プロフィールにあった2004年直木賞「空中ブランコ」はさすがに書店で見かけたことがあったけど)
解説を読むと主人公と著者とは出身地・大学が異なるなど、決して自伝ではないようだけど、一人の青年が生き生きと浮かび上がっており、青春小説として成功している。1978年から1989年を舞台に、名古屋から上京した冴えない浪人生、大学演劇部の学生、バブル期に調子に乗っている若手コピーライター、と主人公の状況が変わっていく連作短編という本書の構成も、この手のジャンルではわりと新鮮だった。

読みはじめてから一気に読んでしまったけど、それは奥田英朗という作家が「小説がうまい」からだと思う。反論は大いにあると思うけど、たとえば僕は宮部みゆきという人はストーリーテラーとして優れてるかもしれないけど、決して小説がうまい人ではないと思っている。それは心理描写とかで感じるのかもしれないけど、彼女の描く人物は、いかにも物語に出てくる人物だなぁと思うことがしばしばだ。
その点、この著者が描く人物はどの人物も現実にこういう人がいるなぁと思わせられるようなところがあって、そこが読んでいてひきこまれる。それは先に書いた「物語の面白さ」とも違うし、「文学的魅力」とも違うんだけど、長く大衆小説を書く上では一番必要な能力なのではないかと思う。

ただ、時代の描写にはあまりフェティッシュな部分は感じられないため、たとえば80年代カルチャーの追体験みたいなことを期待している人はやや肩すかしに思うかもしれない。

(2005/3/13追記)


<最新更新分>
実は僕が一番最初に読んだ「自伝的青春小説」がこの本で、というよりそういうジャンルがあると知った本といったほうがいいか。確か中学生の頃だったと思う。
あまり本を、それも小説を読まない少年だったからものすごく面白く感じて、こんな本もあるんだ!と感動した。特に新鮮だったのが、強調する部分の文字の大きさが大きくなっているレイアウト面。小説よりも漫画的なものを感じた。
その後、いつか読み返そうと思っていたんだけど、集英社文庫の佇まい自体が購買意欲をそそらないのと、文庫版の表紙の格好悪さからいつもその機会を逃していた(オリジナルのハードカバー版は素敵な装丁だった)
2年ぐらい前に、僕は相性が悪いクドカン脚本で映画化されレンタルでようやく見たんだけど、これが面白くなくて口直しのつもりで原作も読み返してみた。
ところが。
たくさんのこの手の小説を読んでしまったからだろうか、正直なところあまり面白くないなぁ、という印象。今読むと主人公の「不完全燃焼」具合をやるせなく思うせいかもしれない。バリ封、フェスティバルという二つの祭りを通しても残るものは(表面的には)何もなかった、みたいな部分がリアルではあるんだけど、物語的にはやや不満。
ただ、こういった内容でも立派に小説になるんだということを示した点では、後のこの手のジャンルに与えた影響は大きいんじゃないかなぁと思う。20年近く前の小説(1987年刊)だとは思えない。
最初に結論を書いてしまうけど、傑作。あ、内容はマンガです。
小学生男子を主人公とした少年マンガで、レイアウトは4コママンガなんだけど、必ず4コマごとにオチがあるわけではなくちゃんとストーリーがつながっている。でも4コマごとにタイトルがついていて、それが独特のリズムになっているのは前に読んだ同作者の「中学生日記」と同じ。
ちょっと読んだだけだと「ちびまる子ちゃん」的なあるあるネタものか、と思う。確かにたとえば、トイレのタンクについている蛇口で手を洗った時に「……ここでちゃんと手を洗ったの初めてだ」と思う部分などは個人的にメチャメチャツボで、というより笑いすぎて自宅まで読書を再開することができなかったんだけど、このマンガの素晴らしいところはそういう部分だけじゃない。
子供の頃って、子供なりにいろいろと感じる部分があって、でもそれは大人になると忘れてしまう「感じ方」だったりする。ところがこのマンガではその「感じ」がありありと描かれていて、そこに感動するのだ。
たとえばネタバレになるのでくわしくは書かないけど後半で主人公にある出来事が起きようとする。最初、彼はそれに激しく抵抗するんだけど(それはこの出来事に対する不満だけではないのではあるが)いざその出来事が起きてみると、すんなりとそれを受け入れて、むしろ楽しんでいたりするのだ。僕もその出来事をちょうど同じ頃に体験したので、とてもよく分かる。
そして、ラスト。つまらない小道具がちょっとした伏線になって、最後のコマは泣きそうになった。あとこれを書く際に目次を見たら、そのイラストにもやられた。
一般書扱いの文庫本だから立ち読みできちゃうけど、この本を面白いと思う人は絶対吹き出してしまうから、結局レジに持っていくハメになると思う。

(2005/5/29追記)