このページを定期的に読んでいただいているとなんとなく分かってもらえるかと思いますが、僕自身はスポーツとは全然縁のない人間です。ほとんど文化部・帰宅部で過ごしてきましたし。
でもスポーツ観戦自体は嫌いではありません。ただ、「どこのチームを応援する」「誰かを応援する」「自分の国を応援する」といった観戦の仕方が全然出来ず、試合全体が面白いかどうかを楽しみます。だからたとえちょっと贔屓にしてたチームが負けても試合がすばらしければ満足。とはいっても観るのは、ツール・ド・フランス、最近ではF1他モータースポーツ、あとは大相撲と甲子園を少々といったところで、スポーツ新聞はあまり読むところがない人種です(笑)。
スポーツ選手の本は筋肉で書かれているようなところがあって、本っていうのは基本的に頭で書かれるものなのでハッとさせられることが多かったりします。その辺は前回の自伝と同じですね。
末期癌を克服して1999・2000とツール・ド・フランス二連覇を達成し、アメリカの国民的英雄になったアームストロングの自伝&闘病記。アームストロングが初優勝した1999年の前年、1998年のツールは、ドーピング問題で揺れに揺れました。そういう意味では、ツールにとって(ビジネス的にも)救世主だったのだと思います。ちなみに「マイヨ・ジョーヌ」とはツール優勝者に与えられる栄光の黄色ジャージのことです。
僕の印象では癌になる前のアームストロングは優秀なスプリンターだけど、良くて総合3位に入賞できるかどうかという選手だったような気がします。まさか優勝するとは思いませんでした。彼自身もやはり癌の克服が精神的にも肉体的にも自分を強くした、というようなことを書いています。闘病記にありがちな湿っぽさがほとんどなく、癌にうち勝つということをツールでの勝負のように考えてとにかくがむしゃらに「闘う」。まさに「闘病」で、この姿勢は見習わなくてはならないと思いました。
装幀は鈴木成一デザイン室。
この本はツール出場経験を持つものの、まったくの無名選手であるポール・キメイジの手記で、90年に発行されたのですが、ドーピングなどについてあまりに赤裸々に語られているため絶版になっていたらしいです。しかし昨今のツールのドーピング問題表面化により再び陽の目を見ることになったそうです。
そういうスキャンダラスな面だけでなく、TV中継などではなかなかスター選手以外(いわゆるアシスト)にはスポットがあたりにくいだけに、こういう「その他大勢の選手」の実態が描かれているのは貴重。アマチュアとプロの実力以外の差(あくまでプロはビジネスマン・ショーマンである)・レースの過酷さ・レース中の精神的な揺れ動き・引退後の職探しなどなど、自転車に限らずあらゆるプロスポーツがもつ実情がここには書かれていると思う。
自動車メーカー「HONDA」の、1964年〜のF1参戦第一期と1983年〜の第二期を描いたノンフィクション。次に紹介する「F1 走る魂」の前史ですが、こちらの方が面白い。特に第一期に関してはほとんど知らないことばかりだったので、夢中になって読みました。当時の本田宗一郎と監督・中村良夫の関係を「秀吉と利休」といっているのが面白いと思いました。
また、HONDAが70年代に起こった自動車公害対策による変動とオイルショックによって躍進した会社だったということを初めて知りました。僕が物心ついた頃にはTOYOTA・HONDAに会社規模の差を感じませんでしたけど、そうなったのは意外に最近なんですね。
第二期は、日本でブームが起こり僕も関心を持った1987年より前のHONDAエンジンの活躍が描かれていて面白い。
全体を通して、エンジニアの願望やレースに参加するということはどういうことなのかがひしひしと伝わってきて、テレビでは絶対に知ることが出来ない舞台裏を覗けます。ドライバー以外のスタッフ達の熱きレーシングスピリットが感じられる名著。
1988年、日本人ドライバー・中嶋悟がHONDAエンジンとともにF1にフルシーズン参戦しました。その中嶋悟を中心にしたノンフィクションで、前半の中嶋がF1に参戦するまでのエピソードが読ませます。また、観戦していても分かりにくいメカニックや政治的な部分なども見えてきて、モータースポーツが持つ複雑さに興味がわきました。
時は1990年、日本でのF1ブームも最高潮の頃に書かれた一冊。まだバブル期で、日本=金持ちという観点で書かれているのが新鮮。まさに十年一昔。
第一章のセナとプロストの確執はともかく、ホンダを中心にF1というヨーロッパの文化に参入する日本、というテーマで書かれていて、F1を越えた文化論になっているところが面白い。後半のスポンサーを中心としたビジネス的視点からF1を捉えた部分も読ませる。
第二期HONDA総監督桜井淑敏のインタビューも興味深い。
僕が好きだった頃の広島カープのエース(その後ジャイアンツに移籍)、川口和久がピッチングを中心とする野球について書いた本。自身が三振orホームラン(+四球)というピッチャーを目指していた、とのことですが、ピッチャーのタイプ・ピッチングの基本・変化球・打者との対話・先発/リリーフの違い・バッテリーとは・チームの違い、などなど興味深い話がてんこ盛り。以前から「ピッチャーは何を考えて球を投げているのか」ということに興味があったんですが、こうやって本人が語ることは少ないんじゃないでしょうか。そもそもこうやってスポーツ選手が客観的・分析的に自らのテクニック・考え方を語れるのは稀だと思います。
変化球の項などは文章ではよく分からないので映像で見たいところですね。
(2001/06/24)
オリンピックしかりワールドカップしかり、スポーツの世界ではよく「誤審」が問題になります。ゲームの流れを重視するとなかなかビデオ判定などが出来ない競技も多くて、問題の本質は医療ミスと似ていなくもないと思ってしまいます(もちろん後者は人命がかかってるので、そのミスから生まれる結果が全く違いますが)。ですが、なんと審判が試合の流れの主導権を握っているスポーツ(?)があるのです!それがプロレス(僕とプロレスについてはこちらをどうぞ。全然ファンじゃないです;笑)。
プロレスは小学生高学年ぐらいに双子の弟が熱中してたのにつられて、自分も観ていました。僕自身はそれほど熱中したわけではなかったけど、周りでは人気がありましたね。ちょうど「新日本プロレス」の藤波vs長州ぐらいの時期だったはず。
その後は、ヤラセに嫌気がさして全然興味を持たなかったし、正直プロレス〜格闘技ファンってのを(苦笑)という目で見てました(今もそうかも)。
ただ、この自伝はメチャクチャ面白かった!少年期ブラジルで奴隷のようにこき使われたこと・力道山の付き人時代のこと・全日本プロレスを飛び出して、それ以後の馬場との確執・異種格闘技戦・政治家時代・プロレス戦国時代・そして引退……、ともうまさに「ドラマティック」という言葉はこのためにあるのか、という内容。もちろん、猪木側の主張なので他から言わせると「何言ってんだ!」ということもあると思うけど、それを差し引いても彼が「カリスマ」であることが分かります。また、彼がプロレスというものをどう考えているか、というのが読んでいくうちに分かるようになっていて、いわば「猪木プロレス論」としても興味深い。このプロレスの考え方が馬場とは全く合わなかったのが、現在のプロレス団体乱立の元になったんじゃないでしょうか。
余談ですが、そういった団体乱立などが「プロレス」ってのは日本の政治に似てるなぁと思いました。いろんなイデオロギーがあって、というのは建前で、本当は人間関係などで団体が作られる。団体の中にもいくつかの流派があったり。日本の政党の歴史とプロレス団体の歴史を比べると、時期的にも共通点が多かったりするんじゃないでしょうか?
ミスター高橋は猪木全盛期の少し後から新日本プロレスで活躍していたレフェリー。子供の頃見てた時はなんだかギャグにしてたような気がします(笑)。こちらの本はまだ新日に在籍していた頃なので、やはり八百長のことは少し濁して書いてあります。まぁ、その辺の話はどうでもいいのですが(というかプロレスのことをスポーツだと思ってないし)、この本の面白いところはプロレスの試合を面白くするのは、選手と選手の組み合わせ(著者はプロレスを面白くするのは強いよりもうまいが重要という)はもちろんなのですが、そこに試合を現場で「編集」するレフェリーの腕にもかかってると主張しているところ。オーケストラにおける指揮者というと言い過ぎですが、レフェリーにそこまでの役割があるというのは、単純に驚きでした(まぁレフェリーの意見だからどこまで信じていいか分かりませんが、そういう見方自体が面白いなぁと)。
そして暴露本として有名な続編のこれ。もちろんそういう裏話の持つ面白さもあるのですが、著者はどうすればセメント(真剣勝負?)の格闘技より魅力あふれるエンターティンメントとしてプロレスを形作っていけるのかを、この本を通して検証しているのではないだろうか。そこには自分たちが八百長と分かりながら観客を興奮させてきた、という「プロ」としての自負が感じられます。猪木ズムに対する愛憎も読みどころかも。
(2002/06/30)

「沢木耕太郎/一瞬の夏 上・下」新潮文庫
といっても旅行記が苦手で「深夜特急」も最初の数十ページで辞めてしまった僕がこの本を読もうと思ったきっかけは、これが「アリス/チャンピオン」の元ネタだというのを知ったからだ。
「チャンピオン」はその生々しい物語性が子供の頃の僕にとっては非常に新鮮で、インパクトに残る曲だったけどまさかあれにモデルがいたとは……。そのボクサーとは「カシアス内藤」。
この本を読むとすぐに分かるが、著者は当時ルポライターであったにも関わらず、カシアス内藤とはかなり密接な関係にあり、最後にはマネージャー的な役割まで担っていたりする。なのでここに描かれているのは、優しさゆえに詰めの甘いボクサーとそれを鏡のように見つめる著者の、摩擦の記録なのである。
それにしても「一瞬の夏」とはよく言ったもので、この人はタイトルのつけ方がいちいちうまい。タイトルだけじゃなくて文章もギリギリ感傷的にならず・かといって完全にクールネスでもなく、対象との間合いも絶妙。これぞノンフィクション!という素晴らしい内容に、特に上巻はグイグイ読んだ。
「チャンピオン」を聞いたことがある人なら、ラストは想像がつくと思うけど、現実はあんなドラマティックではない(そもそもカシアスの方が挑戦者だから歌詞とははなから違うんだけど)。正直、あまり後味のいいラストではないけど、それがボクシングという世界なんだろうなぁと思わせられる。
日本人3人目のF1レギュラードライバーだった片山右京の、半生伝&エッセイ。
F1ファンとしては第二章の生まれてからF1に乗るまでのエピソードに興味津々なわけだけど、とにかくこの人は「過剰」。何をやるにしても余裕というものを知らないというかガムシャラに突っ込んでいくタイプで、読みながら「うーん、すごいけど恐い人だな……」と思ってしまった。
でも、これぐらいの人じゃないとトップフォーミュラには行けないわけで、しかもそれも日本のバブルが後押ししてやっと弱小チーム……、というあたりにF1の門の狭さを痛感。
しかし片山右京が本当に語りたいのはF1までの栄光ではなく(逆にその辺はあっさりと書かれている)、レースにおいても、それ以外での見えない自分との戦いにおいても、チャレンジを繰り返す姿勢の大切さにあるようだ。
こんなすごい経歴の人に「勝てない」とか言われると読んでる方は逆にへこむんだけど、彼は決してそれを結果に求めていない。以前、NHKの「ようこそ先生」に出演した時に短距離走を教えていたけど、そういった身の回りの小さなことにも彼の主張は生きていて、それを手弁当でもいいから教えていこうという熱意をこの本からも感じた。
(2004/05/19追記)









