(一部、「編集者特集」からこちらへ移動したものがあるので、ご了承下さい。)
僕も「店の経営っておもしろそう」などと思うことがある。それはたとえば模型屋だとか本屋とかレコード屋とか、その時々の自分の興味で変わるんだけど、どれも自分が客としてよく行く場所には違いない。
でもこういう本を読むと、いつも好きなものと接して楽しそうな表向きとは裏腹に、商品を棚に並べたり・仕入れ時に葛藤したり・万引対策に腐心したりと苦労も多いことがよく分かる。
そして、やはり店長には自分の店を他と違うものにする「セレクター」としてのセンスが問われると思う。クセのある(古)本屋・(中古)レコード屋、雑貨屋をはじめとしたセレクトショップは特にそう。やはりそういうことに意識的な人が本を書くのだろうか。

「永江朗/菊地くんの本屋 ヴィレッジヴァンガード物語」(アルメディア)
店の名前だけはずいぶん前から聞いてたけど、実際に行ったのは実はつい先日のことで、それも偶然のことだった。
店内に入ってみると、まずその過剰な品の置き方に圧倒された。高い棚の上までギッシリと本が並べられて、その本と同じぐらい雑貨etc.が並べられている(実際は数の比率は本の方が多いらしいけどそう見える)。本やCDにマメにつけられたPOPの文面も押しつけがましくもなくイヤみもなくいい具合。自分の読書範囲と重なる棚も多くて、何も買いはしなかったけどけっこう長居してしまった。もっとも雑貨屋としては僕が嫌いなタイプではあったけど。
その後、この本屋は一体どうやってできたのか知りたくなって、この本を読んでみた。まず、意外だったのが菊地店長(オーナー)自身はあまりこの手のサブカルチャーな本には興味がないという点。ジャズや登山が好きなんだそうな。で、この品揃えは大学生にターゲットをすえた入門・ミーハー的なもので、あまりおカタい専門書はあえて置かない。また雑貨がおいてあるのは一種の演出で、たとえばこれがあるゆえに、本にチマチマとつけられたPOPの違和感を薄くしている。その雑貨などはバーゲンセールをしない方針だそうで、これも僕は正しいと思う。だって、ある日突然同じものがその前の日の半額とかになる、とかってその時買った人はいいけど、それ以前に買った人にとってはショックでしょう。時間が経つにつれ価値がなくなっていく生ものだとか、かろうじて「流行りすたり」があるアパレルなんかはガマンするとしても。
ちなみにこの店、アジア系の雑貨をあつかってるせいか匂いが独特。あとバッドテイスト系とかも網羅してるのでちょっとドギつい面もある。
店長自ら書いた「菊地敬一/ヴィレッジ・ヴァンガードで休日を 」(リブリオ出版)という本もあるけど、こちらはイマイチ。
松浦弥太郎が監修する「仕事と生活ライブラリー」の一冊目。著者は現在、トラックでの移動書店「book mobile」や中目黒にある古本屋「COW BOOKS」の店長(オーナー)で、文筆業も並行して行なっている。「relax」系人脈という印象があります。
入った高校になじめずドロップアウトして(といってもnotヤンキー的butナイーブ系)、渡米。あちらでイカしたファッション雑誌や写真集なんかをゲットして、それを日本でバラ売りしてるうちにいろいろと人脈ができて、現在に至る、というところか。
実は僕は「book mobile」「COW BOOKS」どちらにも行ったことがあるけど、その品揃えはあまり自分にあわなかった。その「あわなさ」加減をこの本の内容や著者のパーソナリティにも感じる。ただやってること自体は素敵だと思う。
それにしてもこのシリーズ、\1,300というのは高すぎるのでは(←図書館で借りといて言うな)。
ネット書店の草分けbk1内に書店を持っていた“カリスマ書店員”・安藤哲也氏の「本屋」論。
僕は立ち読みが好きで、いっそ履歴書の「趣味」の欄にそう書いちゃおうと思うほどなんだけど、立ち読みするのにも面白い書店とつまらない書店がある。もっとも立ち読みと言ってもマンガを長時間かけて読破するようなタイプじゃなくて(それほどのめり込めるマンガがあったらすぐにでも買って自宅でじっくり読む)、「なんか僕を楽しませてくれる本はないかいな?→あったら即レジへ」という“本をチェックする”という意味で、だ。
面白い店というのはそこに「人格」みたいなものを感じるのが共通している。「あっ、この人は魅力的」と思うのと同じ意味で「あ、この店は魅力的」と思わせるサムシング。これは本屋に限らず、レコード屋・セレクトショップ・雑誌など広い意味での「メディア」全般に言えることだと思う。そういう魅力が感じられない店は行っても全然面白くない。
その点、この本に登場する安藤哲也の田村書店→往来堂書店なんてのは是非行ってみたかった書店だ。店長の提唱する「文脈棚」なんて当然自分も感じており、自分の興味を拡張してくれる棚作りをしている本屋はすごく楽しいのだ。
例えば、店長は山川出版社の「日本史総合図録」をNHKの大河ドラマにからめてたくさん売ったそうだけど、僕もそんな話は知らない頃に自分で「図説日本史」を手に入れたクチなので、店長のやり方には大賛成なのだ。かつての太田店長在籍時のHMVや橋本徹編集長時代のタワーレコードフリーペーパー「bounce」なんかにも同じメソッドがあったと思う。
何か店を開きたいと思ってたりする人だけじゃなく、自分が思ってること・考えていることをモノを売ること・紹介することで伝えたい、と思ってる人すべてにお薦めしたい名著。文庫なのでコスト・パフォーマンスいいし。
レコード屋の店長が書いた本ってあまり無いような気がするんだけど、この本はかつて南青山にあった伝説のレコード屋「パイド・パイパー・ハウス」の創設者の自伝で、晶文社「就職しないで生きるには」というシリーズの一冊。「パイド・パイパー・ハウス」は長門芳郎が店員だったり、大滝詠一や山下達郎が常連客だったことでも有名。小西康陽のコラムや現・長野県知事の「なんとなくクリスタル」にも出てくる。
読みどころはこの「パイド・パイパー・ハウス」が学生運動の流れで生まれたという点。ミニコミ誌「模索」〜ミニコミ専門書店「模索舎」〜パイド・パイパー〜海外での音楽イベント、と一貫して「場」を提供することにこだわる岩永氏の姿勢にリスペクト。
月並みだけど、きっと氏がもっと若ければインターネットなんかで面白いことを考えていたことだろう。音楽データ配信に近い話題もちらりと出てくる(1982年の本なのに!)。
一度でも「(マンション系・インディー系などややマニアックな)レコード屋とか音楽喫茶をやってみたい」などと考えたことのある人は必読。今でも新刊で手に入ると思います。
これは映画化もされた、しがない中古レコード屋の店長を主人公にしたノン・フィクションだけど、最低週一でレコード屋に出入りしたり、常に「買いたいレコードリスト」のメモを持ってるような輩は必読。そういう僕らを店の人はどう見ているかが描かれていたりして笑える。うるさがたのバイト店員がいるところなんかもいかにも。
これも「就職しないで生きるには」というシリーズの一冊。
90年代はミュージシャンとして復活した元ジャックスの早川義夫だけど、休業中はずっと普通の小さな町の本屋を経営していたそうな。その愚痴が延々と書かれた内容には、正直辟易。この人は絶対本屋に向いてないと思う。というか商売に向いてない。ただ、仕入れの苦労などはどこでもあることだろうから、本屋をやってみたいと思ってる人は読んでみると冷や水をかけられていいかも。
実はまだ店舗を構えていない雑貨屋「gg(ジジ)」ができるまでを書いた本、というよりはコンセプトブックか。「グッドデザインカンパニー」というデザイン事務所?で働く女性二人組が、店のコンセプトから始まり、ヨーロッパへの買い付け・先達らへのインタビュー・ショップの備品のデザインなどなど、店を作る過程がきれいなレイアウトと写真にて紹介されている。
とりあえず雑貨好きならこの本を見ているだけでも楽しめるのでは。ただ、なんとなく商品数が少なくて高そうな店になりそうな予感。
雑貨屋の本では「仲屋むげん堂企画室/アジア雑貨仕入旅(岩波書店同時代ライブラリー)」って本もかなり前に買ったけど、こちらはアジアのチープ系の雑貨で、しかも僕が苦手な“バックパック貧乏旅行記”みたいな内容に途中で投げた。内輪話が多いのにも閉口した。
中目黒にある元・ミッドセンチュリー系家具屋、現喫茶店の「オーガニック・カフェ」オーナーの自叙伝。アメリカにて家具を買いつけして日本で売ってるうちに人脈ができて、その後興味はフード方面に移り、店舗も増えていく……って「最低で最高の本屋」とプロットは同じ。
中目黒は自宅から自転車圏内なのでたまに行くんだけど、「オーガニック・カフェ」って非常に内装などが素人くさくて好きじゃない。ゴハンも別においしくなかったけどなぁ?
さてカフェブームも手伝って、カフェをオープンする本などはたくさんあるけど、次に紹介する本はその中でも良質なのでは?
1998年7月、東京・青山にオープン、2001年9月にクローズしたカフェ「デザートカンパニー」の立ち上げから閉店までを赤裸々に書いた本。本当に赤裸々である意味イタい。でもそれが現場の生々しさを伝えて、ジャケからは想像できないほどシビアな内容になっているのが魅力。だんだんとスタッフと思惑がずれていったり、バイトくんたちがいずれ就職しなくてはいけない時期になって、果たして彼らがバイト以上の扱いで雇用できるのか、などなど多分「店商売」が抱える問題がここにはあると思う。
地方の一模型店に過ぎなかった海洋堂が、その創始者の意志を継いだ息子=著者の周りに模型ヲタクが集まり、彼らをプロデュース&客をプロパガンダして組織力を高めていく有様が最高。創始者もかなりイッちゃってる人(水木しげる的な人といえば分かってもらえるか)なんだけど、その息子も「鬼太郎」ばりの実力者。さしずめ周りのキャラは子泣きじじいとか一反もめんとか妖怪ファミリーかも(笑)。
やはり店に限らずクセのある組織のリーダーには、過剰なまでの「思い入れ」が必要なんだなと思わせられる。育ちという意味では先の北原氏とは正反対だけど、そういう「思い入れ」には共通なものがあるなぁと思った。
さて、先に紹介した「仕事と生活ライブラリー」「就職しないで生きるには」はどちらも「レイモンド・マンゴー/就職しないで生きるには(晶文社)」を元祖としたシリーズ。この本自体は図書館で借りてちょっと読んでみたけど、イマイチ肌にあわなかったのでほとんど読んでない。なんとなくヒッピー的な思想が根底にあるような気がした。今でいうと「通販生活」とかにも通ずるような、左翼的な感じがどちらのシリーズにも受け継がれているのかも。
ところで僕は「就職しないで生きるには」とかいうストレートなタイトルがついた本なんかを買うときに、「あ、この人、就職しないで生きたいんだ」と思われたりするんじゃないかと考えてしまう自意識過剰クンだけど、最近そういった「そのまんまなタイトル」の本が多い気がする。
レジに並んでる時、自分の前の客が「くよくよしないで生きるには」とかいう本を買ってると、ついつい「くよくよしてるんだなぁ、この人は」とか思ってしまう。あれは美容院でタレントの切り抜き写真を持っていくのに似ている、勇気がいるという点で。
(2003/04/27)
先日奥様の友人の薦めで、箱根は宮ノ下、富士家ホテル近くにある「ペンション山口元波館」という宿に泊まった。正直、温泉ってド近眼のせいでメガネを取ってしまうため何も見えないこともあってあまり楽しめず(肌あれとかも特にないし、学生時代毎日銭湯だったこともあって、あまりありがたみがない)今回も期待していないどころか、宿に関しては全く意識してなかったんだけど……。
これがとてもよかった。
何がよかったって、宿にあふれる細かいセンス。ありていにいえばコジャレてるんだけど、ただコジャレてるだけじゃなく、和風の落ち着きもある。ゆえに嫌みがない。インテリアはもちろん、小物一つとっても絶妙なセレクトなのだ。中でも実際にその音色を聴かせてくれるドイツ製の大きなディスクオルゴールなどは宿の名物にもなっている。
また、テレビがないと聞いて「そりゃ退屈する!」と宿に入る前に雑誌を一冊買っていったんだけど、それが不用なほどダラダラ読むのにいい雑誌(「Pen」「サライ」など普段は熱心に読まないけど、あるとついつい読んでしまうようなもの)やムック、本が豊富においてあるのもポイント高い。
ご主人も客の方にズカズカ入ってくるこもなく、でもサービスは丁寧にしてくれるし、何かを頼んだ時は融通を利かせてくれる。
お風呂も家族風呂で落ち着いているし、ご飯もおいしい。
かわいい柴犬小太郎くんもいる(ちょっと人見知りしてたけど)。
……言うことなし、だった。生まれて初めて、また泊まりに来たい!と思った(もちろん、個人的な趣味が大きいんだけど)
あんな宿のご主人って一体どんな人なんだろう?と関心を持ってたら、夕食をとる別館(カフェ)にこの本が置いてあった。なんでもそのカフェができるまでを綴ってあるらしい。夕食を待つ間にちょこっと読ませてもらったけど、これがなかなか面白そう。
というわけで家に帰ってから、取り寄せて読んでみた。
カフェが実際にできるまで、あの温和そうなご主人がかなり職人さんとぶつかる姿や、単なる和風にはしたくない、と細かなセレクトに気を配るところなど、とにかくそのできあがりの姿がかなり明確にイメージできている。こうじゃないとモノは作れないよなぁ……と襟を正す思いだった。
「自在屋」とい骨董屋の四代目店主の著者が、自分のお気に入り骨董を写真付きで紹介していく本。このタイプの本は大好物だけど、この本は大屋孝雄氏によるやわらかい写真と木下弥氏のよる落ち着きつつZakkaカタログの読者でも手にとりそうなさわやかなブックデザインがとてもいい。残念なのが写真がオールカラーじゃないことと、全三章のうち、二章・三章が自分の興味がない和ものの骨董にページが割かれていること。生活骨董を紹介してある第一章はとても好きだったが。
80〜90年代に自由が丘でGARAGE HOUSEというやや雑貨屋寄りの古道具屋をやっていた著者が、いかにニッチな市場を狙って成功したのかを書いたエッセイ集。
著者は骨董はもちろん古道具に関して思い入れはほとんどない。とにかく安く仕入れることができて、それをうまいぐらいに店頭でプレゼンする(時には自分で修理・改良もする)ことで他の店にはないものを作り出すのだ。この辺の創意工夫が読んでいて面白く、人の欲望とは作られていくものであり、それを作り出すのが本当の商売なのかと思わせられた。
その徹底したコスト感覚は素晴らしく、たとえば家具など場所を取るものを扱う際はかなり慎重になるけど、安くてゴロゴロしてるものは思い切って買い集める。そして仕入れ値段が高くなってくるとさっさと取り扱うのをやめてしまう、見切りのタイミングも大事なようだ。
また、看板商品を作ることにより雑誌などが取り上げてくれるようにし向け広告を一切出さない方針にしている、などもあらゆる商売にいえることなんじゃないだろうか。
個人的に商売はしたくないものの(というか向いてない)、遊びでフリーマーケットなんかに店を出して「カウンターの向こう側」に入ってみたいと思っているが、本当の商売の楽しみは売り物が好きなんじゃなくて売る行為自体が好きじゃないとできないに違いない。
吉本興業の社員で直営映画館のプロデュースをしていた著者が、一目惚れしたロシアの映画「チェブラーシカ」を配給しようとしたところ、折からのリストラで頓挫、会社をやめ孤軍奮闘し「チェブラーシカ」を配給した顛末とその後のすったもんだが書かれた本。
とにかく、やることなすことがメチャクチャというか計画性ナッシング。正直、一緒に仕事したくない人だけど、こんな人でもないと「映画を配給する!」なんて思いつかないんだろうなぁ。しかし、そういうキャラだからこそ配給する上でも常にトラブルがつきまとう。一番大きいのがやはり権利問題で、そもそも古いロシアの国営パペットアニメーションなんて権利がしっかりしているわけがなく、目下裁判中らしい(2004年現在)。この本が内容的には十分メジャーな出版社から出せそうなのにあえて同人出版、ってところももしかするとその影響があるのかもしれない(とはいえ透明プラスチックの凝った装丁など、とても同人出版とは思えないんだけど)。
そんな不器用なところがこの著者の持ち味で、それゆえ読み物としては非常に面白いものになっている。
ちなみに、実は僕が手に入れたチェブラーシカの人形は、どうやらDVDの特典についていた限定版フィギュアのコピーだったらしい。それが出されてしまうまでのエピソードも強烈なんだけど、消費者の僕からしてみればグッズ展開に不慣れな著者が権利を握り続けているのはどうなのかな、とも正直思った。確かに中にはとんでもないグッズもあったと思う。だけど彼女たちが出しているぬいぐるみこそ僕にとっては買う気がしないものだ。そもそも配給なんて誰がやろうと観る側にとっては関係ない、いい環境でみることができれば何でもいいのだ。一過性のブームにしたくないのはよく分かるんだけど、ある程度商業力のあるところを利用していくのも大事なんじゃないか。
著者は最後に初心に戻っていい作品を配給しようと決意する。それは正直な気持ちなんだろうなと思った。そして、チェブラーシカの権利を頑なに守り続けるよりも、僕ら観る側にとってはとても意義のあることだと思った。
ちなみにこの本は一般書店では扱っておらずチェブラーシカ・ジャパンの通販にて買えるんだけど、僕は注文した後で行きつけの新宿青山ブックセンターで売られているのを見て、注文をキャンセルした。ところが3週間ぐらい経って商品が送られてきてしまった……!
メールを出して指示を仰いだところ、著者自ら「どなたか、興味のある方にプレゼントしてあげてもらえ」ないかとのご返事。なんて適当で大らかなんだ!よろこんで他のファンの方にお譲りしました。
(2004/03/28)
渋谷ファイアー通りの「文化屋雑貨店」の店長が書いた本。晶文社の「就職しないで生きるには」シリーズの一冊だけど、この手の本はいかにオーナーが独特の思想を持ってこの世の中に新しい価値観を与えようとしたかという部分が面白いのであって、その点ではこの本は細かい話が多すぎて、著者の「思想」や「哲学」が伝わってこないのが残念。しかも、その細かいエピソードから思想があるのが見えてくるだけになおさら。
もっともそれは時代のせいもあるかもしれない。この手の雑貨屋なんて今でこそありふれているけれど、この本が出た20年前には珍しかったのだろうし、その「チープなものをあえて扱う」、という手法を紹介することが当時では思想になっていたのかもしれない。
(2004/05/24)
原宿の「クリームソーダ」という店をヒットさせた山崎眞行の評伝。といっても本書中ではまだ成功しているわけではなく、何かよく分からず場当たり的に店を出してそのカンが当たっていく様子が綴られているといった方がいいかも。本書は、ヤンチャな人たちの間ではバイブル的な存在になっており(ある意味「やくざ」な北原照久氏も本書の大ファン)、僕も機会があれば読んでみたいとは思っていた。
正直期待していたような内容ではなかったけど、「ツッパリ」の人はいかに自分に酔い続けられるか、というチキンレースをしているようなものなのでは、と思った。この山崎眞行氏というのは、著者の描き方もあると思うんだけど、とにかく自分に酔いっぱなし。その酔いっぷりが仲間をもまた酔わせて、成功することもあるんだなぁ。
(2005/01/20追記)
日本史の教科書にもゴシック体で登場する明治時代の政治家・後藤象二郎の息子・川添浩史の評伝。
彼は幼い頃に養子に出され、家を継がなくてもいい身分でかつ金には不自由しないという貴族的な階級に属する人物で、とはいえそういう出自だから武士道にさかのぼる「教育」は受けており、非常に品がいい人物であったらしい。
フランス留学時代には無名時代のロバート・キャパに飯を食わせて、その後も帰国して高松宮の「光輪閣」の支配人に任命され、そこで培ったもてなしをより若い文化人たちに施そうとレストラン「キャンティ」を、タンタンこと梶子夫人とオープンする、……ってもうなんというかこの世の中には悪い意味じゃなくてどうしても越えられない「壁」があるなぁということを痛感させられる。
「キャンティ」というのは単なるレストランではなく、浩史がフランスでみたサンジェルマンデュプレのような「サロン」を目指していたのだろう。そこに集ったそうそうたるメンツは調べれば分かるだろうから割愛するけど、この場所から70年代のサブカルチャーを語る上でのキーワードでもある息子・川添象郎が招聘したミュージカル「ヘアー」の日本公演が生まれたのは象徴的。
著者は事実関係を丁寧に調べ、決して川添らをほめたたえることはなく、しかし彼らへの畏敬の念と愛情を感じさせるいい仕事をしたと思う。レーサー・福沢幸雄(福沢諭吉の孫)の死から幕を開ける構成なども成功している。
銀座一丁目にあるバー「スタア・バー」のマスターによる、お酒・カクテルやバーの仕事を綴った本。僕はかなりアルコールに弱いため、バーなんて場所にはほとんど行ったことがないけど、それだけにバーには憧れがあるのか切り絵でバーを紹介してある「成田一徹/to the Bar 日本のBAR64選」(成星出版)なんて本も持ってたりする。
そういえば大学時代は個人経営の居酒屋でアルバイトをしていたのも関係があるのかもしれない。僕は酔っぱらいの相手は苦手だったけど、あそこでサービスってのはどういうことなのかを少しだけ学んだ気がする。
だから僕が興味があるのはカクテルがどうのこうのではなくてバーとはどういう場所で、店側はどういうことを考えているかってことなので、「第四章 バーの仕事から」以降だけを読んだ。
印象的なのは客との距離感。いつも一定間隔をキープする。それは悪い意味ではなく、相手がひいたらその間合いを詰める。近づきすぎたらこちらが引く。その距離は常に一定なのだ。それが「バー」という場所が持つダンディズムなのかもしれない。なんちゃって。
落語、ってものには全然縁がないんだけど、会社の友人が好きでいくつかエピソードを教えてもらってるうちに、「火焔太鼓」とか店が舞台で番頭さんとかが出てくる噺に興味が出てきた。本屋に行ったらちょうどそういうテーマだけを集めた本が出ていたので購入。
てんとう虫コミックス9巻「世の中うそだらけ」でジャイアンがのび太に対して展開した屁理屈の元ネタ「つぼ算」、ボケキャラがフリマに挑戦する「道具屋」、なんでも鑑定団に出てくるエピソードのようで、オチも爆笑の「はてなの茶碗」、宝くじの「高津の富」、ケチの処世術が描かれる「しまつの極意」、詐欺まがいの商売をする「牛の丸薬」などなど、商売やお金にまつわる話が集められている。やはりお金などが絡むと人間の本性というか、その人が何をしたい・何がほしいのかってことがあからさまに出たりすることが面白い。
僕は落語の面白さってオチにあるのかと思いこんでいたけど、この本を読むと実は割とオチはどうでもよく、オチならぬサゲはとりあえずストーリーを閉じるためにある、という印象を持った。起承転結の結に向けて盛り上がる、という話はむしろ少ない。それよりも人と人とのかみあわない会話の面白さやそれぞれの人物の持つ雰囲気など、脚本の面白さよりも演出の面白さが大きい。そういう意味でいうと、こちらもまた縁がないけど演奏者のアドリブなどが肝心のジャズなんかと楽しみ方が近いのかなぁ、なんて思った。
この本は、学者肌らしい米朝自身が一つ一つに解説をつけていて、どこが演じどころなのかなどということも分かり、落語を知らない僕のような読者にとっていい入門書だった。
(2005/01/30追記)
自宅の本が増えすぎて、ふと「オンラインで古本屋をやってみよう!」と思い立ち、実際に杉並北尾堂を立ち上げてしまったライター、北尾トロ氏の古本屋創業記。後半はその時期の公開日記となっている。
もし自分がオンライン古本屋を立ち上げるとすると、システムを組んでいかに効率よく仕入れた本を紹介し、またそれを送付できるかみたいなところを徹底的に考えそうなもんだけど、トロ氏は超アナログ。これは以前読んだ、同じくライターが開業した「野崎正幸/駈け出しネット古書店日記」(晶文社)の文雅新泉堂もそうだったけど。
1999年開業だから、まさか2005年の今頃はそれなりな仕組みで営業してるんだろうなぁと思って実際にサイトをのぞいてみたら、アナログ以前にリンク切れ多発、というトホホ……な状態。それを問い合わせてみると、「現在整理中」との返答。しかもとりあえず、と教えてもらったアドレスもリンク切れ。商業サイトでは考えられない杜撰さ。この本の内容もそうなんだけど「あぁ、これでも商売はできるんだ」といい意味でも悪い意味でも思った。
でも決してトロ氏はやる気がないのではない。単に技術力とサイトデザイン能力がないだけだ。だけど、この人には本に対する「愛」がある。もちろん「愛」だけでは仕事にならないけど、「愛」があればこれぐらいのことはできてしまう、といういいサンプルなんではないかと思った。
あとは本当にこの人はやさしい人なんだろうなぁ、というのが文章から伝わってくる。もっともそのことといい商売をすることとは必ずしもイコールではないのが、ビジネスの厳しさでもあるんだろうけど。
(2005/02/19追記)
<最新更新分>
川上弘美って人の小説は初めて読んだけど、最近多い女流作家の一人という知識しかなくて、他の人たちとあんまり区別がついてない。
そしてその読後感も、これまた一冊だけ読んだことがある江國香織となんだか同じような匂いがある。
僕がこの小説に興味を持ったのは単に「古道具屋」が舞台だからだ。ゆえに正直小説としての評価はどうでもよくて、「古道具屋」の主人のいい加減さと憎めなさと少々奇妙な客が味わえるのが楽しいといえば楽しかった。
最近ブームだという落語に出てくる、今はほとんどなき商売にスポットをあててその商売が出てくる落語を交えつつ解説してくれるという良著。
ファンタジー、SF、はたまた海外小説なんかで何か一つ知らない単語や事柄があるとそこが引っかかって全然読み進めないことがあるけど、落語なんてその最たるものでそれ自体がサゲに通じている時もあるから厄介。ゆえにこういう副読本は有用なんだろう。
面白く読んだものの、そうやって聴き手に勉強を強いる落語ってのは、よしあしは別にしていくらブームになったとしてもやっぱりマイナーなままなんだろうなぁと僕は思う。
さて、この本を読んでいろんなことを知ったけど、なかでも面白かったのは
- 鰻の料理方法に上方と江戸前がある。
- 香具師が「テキヤ」、つまり寅さんの職業を指すこと。僕はずっとお香とか薬とかを売り歩く人と思ってた。
(2005/08/09追記)




















