今年の大ベストセラー。
僕の双子の弟が彼の大ファンで、それにつられて結構彼の作品は見てる方だと思うんだけど(「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は大好きな映画だし)、最近ではやはり「スピン・シティ」に夢中になった。「ER」「ビバリーヒルズ青春白書」などには全然無縁の僕だったけど、このマイケル主演のドラマは欠かさず見ており、録画しそこなった時などは心底悔しかった。もともとテレビをあまり見ない僕にとって、そんなドラマは滅多にない。
しかしそのドラマの収録の裏で、彼は壮絶な戦いをしていたと知ってその役者魂に感服した。今や有名な話だが、彼は「パーキンソン病」という手足が自由に動かなくなる病にかかっていたのだ。確かに言われれば多少体の動きが固いかなぁと思うこともあったけど、まさかそんな難病だったとは……。海外ニュースでその事実は聞いていたけど、ちょうどこの本の出版時期が日本の地上波放送での「スピン・シティ」マイケル主演部分の最終回と重なっていただけに、非常に身近なことに感じられた。
この本の前半では彼が役者を目指し「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で成功をおさめるものの、その後あまりパッとしない日々を送るまでのこともくわしく書かれており、その部分だけでも自伝ファンの自分としては満足なんだけど、病気を機会にそれまでの自分を反省し、ポジティブに自分の境遇を受け入れていく様に感心した。なにせ「病気になったことを感謝する」とまで言うのだ。この後紹介する本にもたびたびそういった言葉は出てくるが、やはり病気を受け入れた人はそういった気持が生じるものなのだろう。僕らにもそういうことを考えるきっかけを与えてくれる、という意味でも健康な人こそ読むべき本かもしれない。
「日本一のフェラーリ使い」と呼ばれたレーサー・太田哲也のノンフィクション闘病記。雨のレース事故により全身火傷を患い、顔すらまともではなくなってしまった著者の気持ちの揺れ動きがリアルで、自分がこんな状態になったときに生きようと思えるだろうか?とファイナルアンサーを投げかけられるような気分。
これで思い出したのが、高校生の頃通学のため乗っていたバスに時々顔が変形した人が乗っていたこと。ジロジロ見るのも悪いと思いながらも正直恐かった。「もし自分があんな境遇になったらどうだろう?」と思ったのを覚えている。その人のことを普通の人と同じようには見られない自分をも発見したし、身近な人がある日事故でそうなってしまったら自分はどうするだろう?とも思った。
事故で自分の顔がぐちゃぐちゃになってしまった時、自分自身がその姿を自分として認められるだろうか?「顔」というのはそれぐらい人にとって重要なものであることをすごく意識させられた。買ってはいないけど、茅島奈緒深構成/高橋聖人撮影「ジロジロ見ないで “普通の顔”を喪った9人の物語」(扶桑社)という、顔に何らかの障害を抱える人のインタビュー集でも同じことを感じた。
太田氏の場合、皮膚を移植しまくったり手術を繰り返すことでようやくなんとか日常生活を送れるまでになる。その中で何度も自分を見失いそうになる姿は、決して偉大な人ではなくごくごく普通の人だ。そしてその普通の人が立派に立ち直っていく姿をこうして本にしただけでも、すごく価値があることだと思う。
また僕はF1が好きだけど、レースの裏側にはこういう悲惨な現実もあるということも知っておいてよかったと思う。
その太田氏がなんとか一命を取り留めた後、社会復帰をしていく様を書いた続編。彼にとっての社会復帰とは「車に乗ること」であり、それは事故前のレーサーとしての自分と今の自分をにどう折り合いをつけていくかの葛藤でもある。
事故のことを冷静に受け止めそれを乗り越えていくのはつらいことだが、その後にようやく「生まれ変わる」ことができたのだ、と彼は書く。
どの闘病記を読んでも病気の後に自分は生まれ変わった、と書かれるが、とりわけこの本はその言葉に実感があった。前作と同じく絶えず「自分が著者の境遇だったらどうなるだろう……」と思いながら読まされた。
「クラッシュ」を読んだら、こちらも必読です。
村上春樹の(元)オウム信者へのインタビュー集。病気というか心の病ということで取り上げます(そう言っちゃっていいのかどうかは疑問が残るけど)。
ほとんどの人(批判的な人ですら)が、自分が入会した頃のオウムを否定してなくて今でも素晴らしい場所だ、と語ってるのが印象的。どこにでも犯罪(というか悪)を生み出す土壌ってのは確実にあるわけで、それを自覚してるかどうかってすごい大事なのことなのかもと思った。「悪」がない=無菌状態が最高、と思っているのが一番やっかいなのだ。それは必要悪って問題じゃなくて、それぞれの人が自分も悪くなってしまう可能性があることを知り、それとどう立ち向かっているかってことが重要なんじゃないか。
森達也「A マスコミが報道しなかったオウムの素顔」(角川文庫)を併読することをお薦めします。
「スポーツ」のコーナーから抜粋。
末期癌を克服して1999年からツール・ド・フランス連覇を達成し、アメリカの国民的英雄となったアームストロングの自伝&闘病記。アームストロングが初優勝した1999年の前年、1998年のツールは、ドーピング問題で揺れに揺れた。そういう意味では、薬物スキャンダルとは全く正反対の彼の復活劇は、ツール自身にとって(ビジネス的にも)救世主だったと言えよう。ちなみに「マイヨ・ジョーヌ」とはツール優勝者に与えられる栄光の黄色ジャージのこと。
僕の印象では癌になる前のアームストロングは優秀なスプリンターだったけど、良くて総合3位に入賞できるかどうかという選手で、まさか連覇するなどとは夢にも思わなかった。彼自身もやはり癌の克服が精神的にも肉体的にも自分を強くした、というようなことを書いている。
闘病記にありがちな湿っぽさがほとんどなく、癌にうち勝つということをツールでの勝負のように考えて、とにかくがむしゃらに「闘う」。まさに「闘病」で、この姿勢は見習わなくてはならないと思った。
装幀は鈴木成一デザイン室。
(2003/07/13)
平松愛理、といえば「部屋とYシャツと私」なんだろうけど、僕は他の「マイセレナーデ」とかの軽いポップな曲の方が好きだった。でもやっぱりその歌詞などから「いいとこのお嬢さんが片手間に音楽をやってみました」的なイメージは無意識に持っていて、ワイドショーなどでやれ子宮に病気があるだの、乳ガンになっただの、結構大変な人なのね、とは思っていた。
この本を書店で何となく手に取ったのは、「平松愛理ってあんな重い病気だけど、それとあの歌をどう両立させてるんだろ?」という疑問があったからかもしれない。
その疑問にこの本はバッチリ答えてくれるわけで、平松愛理の世界観というのは言い方が悪いけど彼女の「妄想」に近く、現実には常に苦痛と闘っていたのだった。
他にも親にあまりかまってもらえなかった子供時代やデビューするまでの貧乏生活など、意外といえば意外なエピソードが綴られているけど、そこで感心するのはやっぱり彼女の少女漫画的?世界観への憧れの強さなんじゃないかなぁと思う。そうじゃないと、あの境遇であの歌はとても歌えないだろう、と。
(2004/05/14)





