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野田昌宏/コレクター無惨!
「筒井康隆編/'73日本SFベスト集成」(徳間文庫)所収[絶版]
集めた本が積もり積もってマンションに入りきらなくなり、これが火事で燃えたらどうなるんだ?と火災保険をかけようとしたり、引越をコレクター仲間に頼むも、こいつらに盗まれたらマズイといろんな疑心暗鬼になる様など、コレクターならではの浅ましさをユーモラスに綴る。
まだコレクターやマニア・おたくなどという言葉がなかった、おそらく周りから本気で「変人」扱いされていただろう描写からも、著者はまさに「コレクター」のはしりのような人物といえるだろう。
ブリキよりも超合金やプラモデル世代の僕だけど、横浜やら箱根やらナンジャタウン内やらいろんなところにある北原さんの博物館には、けっこう行ったことがある。この本はその横浜のブリキのおもちゃ館で買った。面白いお店なんかに行くと、ついついそのオーナーの思惑とか知りたくなってしまうのだ。
これを読んで分かったのはとにかく北原さんの育ちの良さ。京橋で生まれて、大学時代には外国へスキー留学ですぜ?若大将を地で行ってます。べつに金持ちなだけじゃなくて、なんていうか「お坊ちゃん」だけが持つことができる上品さをこの人は持っていると思う。
この本はほとんどお宝自慢だけど(笑)、自分がコレクションを始めたきっかけや、彼が考える「理想のコレクター像」みたいのが読んでいくうちに分かって面白かった。
![北原照久/名品・珍品・逸品!!世界一コレクション生活(講談社プラスアルファ文庫)[絶版]](../image/book_kitaharacollection.jpg)
北原照久/名品・珍品・逸品!!世界一コレクション生活
(講談社プラスアルファ文庫)[絶版]
しかしそういう業の深さを感じさせずに、むしろ「ブリキのおもちゃってカッコいいかも」と思わせてしまうところにこの人の才能があるんだと思う。ものの魅力を語る言葉を持っている、というか……。この本は、もういろんなところで聞いた北原さんの話がまとめて書いてあるだけでとくに目新しさはないし、決して気の利いた文章を書いてるわけじゃない。それを考えると、ライター的な才能より編集者的な才能に長けているのかも。その辺は博物館ビジネスで成功しているあたりにも結実してるのではないか。
さて、北原さんやその師匠は、日本においてブリキのおもちゃの価値を発見したといえるけど、今この日本でそういう誰も価値に気づいていないが後から値打ちが出るものって存在するのだろうか?
そもそも彼も出演している「開運!なんでも鑑定団」以降、すべてのものは「お宝チェック」を受けていると言っても過言ではないからなぁ。
タイトルはもちろん「捨てる技術」のもじりなんだろうけど、そこから想像するようなリサイクルの本などでは決してない。なにしろ著者は「日曜研究家」なのだから。
最初こそコレクションを否定したリサイクル的な視点から始まるものの、章が進むにつれ、読んでるこちらの疑問符も増えてくる。「それ、なんか違うんじゃない?」と。
ゴミとして捨ててしまってるようなパッケージ類もとりあえず取っておこう、数が増えていくことでそこから見えてくるものがある……、ってそれは一種のコレクションじゃないか!もちろんカタログ的なコレクターじゃないから集めたモノから見えてくるのもかなり意外な結論だったりもするけど、それを一般の人に勧めるのはちょっと無理がある。いうなればこの本は「HOW TO 日曜研究家」であり、彼の数々の仕事はこのような観察眼とマメさから成り立っているのだ、ということがイヤというほど分かる。
それにしてもこれほど「欲しくない」コレクションってのも珍しいと思う(笑)。
「年収300万円時代を生き抜く経済学」やテレビ出演でおなじみの著者が、自分の趣味であるミニカー収集について熱く綴った一冊。この人がミニカーオタクだってのは、偶然「AERA」での評伝を読んで知っていたんだけど、まさか一冊本を出してしまうほどとは。
この本では、コレクションの中でも「ミニカー」はどういったところに特徴があるのか、その入手方法の一つであるネットオークションについて、ミニカーの興行的歴史背景について……などなどが分かりやすい説明で書かれ、本当にわずかながらミニカー収集の世界に足を踏み入れている自分にとって格好の入門書だった。国産中古車に乗っていた著者が100万円のミニカーを購入する時のエピソードは気持ちは分かるけど……という爆&苦笑もの。
ちなみに僕は最近のリアル嗜好のミニカーが好きなんだけど、著者はそれよりも「'60年代のミニカーのようにホノボノとしているのが本当のミニカーだという思い」があるらしく、いわばセンス至上主義なのが新鮮だった。
古本系ライターの書き下ろし文庫。「ちくま文庫らしい本にしたい」というあとがきにニヤリとさせられる。
第一部の古本屋の面白さや古本を買うということはどういうことか?というエッセイたちが楽しかった。晶文社のヴァラエティブックに関する「ぼくたちにはこの大きさが必要なんだ」や探そうとすると意外と見つからないタレント本を扱った「『そいなみ本』とは何か」、小西康陽氏がこのエッセイを読んで探したけどどうしても見つからず本人からもらったという、ムッシュことかまやつひろしのエッセイ集を取り上げた「意外な人が古本好き」などが個人的によかった。
第二部になるといわゆる古書紹介になって、僕はこの手の話は全然興味ないのでちょっと読んだけどやめてしまった。
とはいえ第一部だけでも十分面白いので、BOOKOFFなんてホントの古本屋じゃねぇよ!と思っている人はぜひチェックを。
著名コピーライター・仲畑貴志が、自らはまってしまった骨董にまつわる失敗談、悲喜こもごもの体験談、そしてその魅力を綴った一冊。
とはいえここに書いてあることは、骨董に限らず何かに魅了された人に等しくあてはまる。はたから見ると滑稽なんだけど、本人は真剣そのもの。そのうえ骨董の世界は客観的な、つまりパラメータ的な価値観という点で他のコレクションよりもドラマが多いように思える。
著者はしつこいまでの情熱を持つ一方、自らを戯画化し冷静に見ているところがあって、それがこの本を面白くしている。また、コピーライターだから、というだけでは説明できないほど文章がうまい。
赤瀬川原平のカメラエッセイに通じる面白さがある。
(2004/05/16)
レコードコレクターの生態を描いた本というと映画にもなった「ハイ・フィデリティ」が思い出されるけど、こちらはあんなかわいいもんじゃない。映画「ゴーストワールド」に出てくるブシェミ演じるオールディーズコレクターみたいなのがウジャウジャ出てくる。
それにしてもコレクターの話ってのはどうしてこうも面白いものなんだろうか?僕は確かに普通の人よりもCDや本を多く持ってはいるけど決してコレクターじゃないし、そもそもその数だってたかがしれている。
ただ、以前サイト内にファンサイトをやっていた経験でいうと、自分が別に聞きたくないものも使命感で買ってしまっていたことが多かった。「オレが買わなきゃ誰が買う」みたいな。脳内カタログを埋めていくのが快感。
だから一歩間違うとこの本に出てくる人と同じ道を歩いていたのかも、と背筋が寒くなる。
ちなみにここではネットーオークションやレコード市などでレコードを手に入れるなんて素人扱い。なじみのない土地に行って、図書館でその土地の音楽関係者の住所を手に入れ、おしかけるなんてことまでするのだ。たしかブリキコレクターの北原さんも同じことをやっていたような気がするけど。
ただし、ここに出てくる共感はできないけど理解はできる変人たちは、実は精神的には自分の隣人でもあることは忘れてはならないのだろうなぁ。
昨年、ブライアン・ウィルソンが「SMILE」をリリースしたことがきっかけで、ようやく読んでみた。中盤で「SMILE」を完成させるというエピソードがあるのは前から知ってたので。分厚いのでちょっと……という人は訳者・小川隆氏による解説だけでも読む価値あり。
とはいえ、そのブライアン・ウィルソン版「SMILE」は友達にさらりと聴かせてもらっただけだし、「ペットサウンズ」にすらあまり思い入れないんだけど(笑)、この時代(1960年代後半)にちょっと興味が出た。「SMILE」に関しては偏愛音楽館がくわしい。読み応えあります。
この本を読むとアメリカは1960年代でガラリと変わったことが分かる。くわしく調べたわけじゃないからさわりだけ書くと1965年にベトナム攻撃が始まり、ビーチボーイズは1966年に「ペットサウンズ」発表。ちなみにビートルズは1965年「ラバーソウル」、1966年「リボルバー」発表。「SMILE」はうまくいけば1967年「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」と同時期かそれ以前に出てたらしい。サマー・オブ・ラブは1967年。
「アメリカン・グラフィティ」が描いたのは1962年のカリフォルニア。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマーティが迷い込んだのは1955年だから、ああいう風俗は60年代半ばには消えてしまうわけか。
今回気づいたんだけど、「ハーパース・ビザール/シークレット・ライフ」「ミレニアム/ビギン」「ロジャ−・ニコルス&スモール・サークル・オブ・フレンズ」「ヴァン・ダイク・パークス/ソング・サイクル」「サジタリアス/プレゼント・テンス」などのいわゆるソフトロックの名盤って全部1968年に発表されてる。いまさら驚いた。
ここで紹介しているようにコレクターの生態について書かれた本、って大好きなんだけど、その中でもこの本はピカ一の面白さを持っている。
著者は「傷だらけの天使たち」「月光の囁き」などの作品があるマンガ家(僕はしっかりとは読んだことないけどフェチな人、というイメージがある)だけど、この本の中では一人のミステリ系古書マニア。もうすでに本は読むためでなく、並べるために買うという自覚がありながら買い続ける業。よくコレクションやマニアの世界って「目的と手段が逆」とか言われるけど、それでもいいじゃん、楽しそうなんだから(僕はイヤだけど)!
人の家の本棚を並べに行ったり、古書市の奇妙な人々(自分含む)、不思議な古本屋、角川の横溝正史文庫をコンプリートするまでのエピソード、生原稿を買う話、自作の函や豆本を作ったり、と毎日この本を読むため通勤が楽しかったんだけど、極めつけはポケミスを本屋で(買わずに)チェックして一日でどれだけ集められるかを試す「ポケミスマラソン」。かなりメタ。
古本屋に行く時にメモを持っている人は必読。超お薦めです。
ちなみに本書のオリジナルであるハードカバー版は著者がほしくなるような凝った装丁になってて、ゆえに値段が高かった。僕はその外観からすごくしっかりしたミステリの評論集だと思ってたけど、この文庫を読んでそれが間違いだったことに気づいた(笑)。
(2005/02/06)
歴史上、何かを体系的に収集して文化的貢献をした人を紹介することで、コレクションは知的な編集行為=コレクターシップである、という論を展開した本。元本が1992年刊行なので論自体はやや今さらな部分があるけど、各エピソードが面白い。
たとえば茶道具の収集家であった出雲松江藩主・松平不昧が落語「火焔太鼓」のモデルだとか、カレーで有名な「中村屋」の創業者がキリスト教的博愛主義から無名の芸術家に対して援助をしていたとか。中でも普通のサラリーマンだった今西菊松が、文字通り他の一切の欲望を排して浮世絵をコレクションしたエピソードがすさまじい。
彼は生涯独身を貫いた。親や兄が丈夫で働き者の女性をとすすめると、彼は「女子は飯を食いますもん」と答えたという。(P132)狂ってます。
もっともこれは後から登場する荒俣宏にも共通する考え方で、彼は一日一食しか食べず、しかもそれがラーメン一杯だったとか。
また、具体的なものではなく、あるものを観察・発見し、それを名付けることでコレクションをする、と赤瀬川原平を評価しているのは、ファンとしてうれしい。確かに「トマソン」も「新解さん」も「老人力」も彼のコレクションといえる。
コレクターの話を読むのが大好きな僕にとっては大変楽しめた本書だけど、改題されたタイトルはちょっといただけないなぁ。というのも、今の「アキバ系」の人たちとここに出てくるコレクターというのは明らかに一線を画しているから。彼らの、内から自発的に発生する「集めるしかない」という強迫観念のような迫力には、やはり圧倒される。
(2005/03/19)
<最新更新分>
レコードコレクターのレコあさり日記(この手の作品で好きなのは、マンガだけど「レコスケくん」)かと思いきや、これがちょっと違う。確かにアイテムを求めてレコード屋をウロウロする内容ではある。でも、こういうジャンルの面白さって、お宝の前で葛藤する書き手の姿をまるで自分がその友人として買い物に同行しているような気分で読ませるところだったりするんだけど、この本にはそれがほとんどない。趣味的にはかなりジャンクというか、お洒落ではないホントの意味でのモンド、ビザール、珍盤、なんでもいいや、とにかく全然自分がほしくなさそうなものばかり。レコードだけじゃなくて、昔のグッズなんかも場末のガラクタ屋にあさりに行ったりする。
そして一連のコレクター日記と一線を画する最大の理由が、著者の「不機嫌」だと思う。決して怒っているわけではないんだけど、「なんかイヤな感じ」を、読んでいて受ける。でもそれは、結局こうして買い物をしていても絶対ハッピーになんかならないよ、いやなれないよ、と分かりながらもこれ以外に楽しみがない、という諦観に似たものなのかも。
そしてその「不機嫌」というのは、実は自分の奥底にもあるものなんじゃないかと気づかされると、こちらまで少し不機嫌になるのだった。
(2005/05/29)









