2004年11月にそれまでの当サイトのコラムを集めた1人ミニコミを出したんだけど(案内はこちら)、それを宣伝する時に使った「晶文社のヴァラエティ・ブックを再現!」ってな謳い文句について、友人などに「なにそれ?」って反応をされることが少なからずあった。
僕にしてみれば当たり前のキーワードだったんだけど、そりゃそうだ、今の本屋に行ってもそのような作りの本は少ないし、晶文社自体マイナーな出版社といえる。
とか書くとかっこいいんだけど、実は僕がこの手の本の形態に注目したのはそれらへのオマ−ジュとして作られたこの本によってだった。
晶文社じゃない!と思った人、だからこの本はオマージュなんだって。
これが自分が90年代に読んだ本の中でベスト、という事実は赤面混じりで書かなくてはならないのが複雑な気分なんだけど、今でもなにげなく手にとってパラッと開いて目についたところを読みかえすことがある。そして、それこそが「晶文社のヴァラエティ・ブック」の魅力なのだ。
この本の中ではメタ的にいくつか「晶文社のヴァラエティ・ブック」について書かれている文章があるので、それらを引用してみよう。
だから読書というのもあまりしない。本は大好きなのにね。最後まで読み通せないのだ。矛盾してるじゃないか。で、どうするかというと、いっぺんに何冊もの本を少しずつ拾い読みするわけです。すると何冊もの本が断片からできた雑誌のようになる。このような読書法が、ぼくには最も楽しく、有効だ。
「雑誌のような本」といえば、むかし晶文社というところからそのようなヴァラエティ・ブックが沢山出ていた。小林信彦の『東京のロビンソン・クルーソー』とか植草甚一の本とか。『筒井康隆一人十人全集』なんていうのもあったと思う。最近そのテの本が作られなくなってしまいましたね。少し残念です。
(「いまこの本を拾い読みしている人に」)
そういうタイプの七〇年代育ちの活字離れを食い止めたのが晶文社の功績だ。
(「晶文社の本」)
具体的に晶文社が70年代に刊行したヴァラエティ・ブックにどんな本があったかというのは、岡崎武志が「古本でお散歩」(ちくま文庫)の中で「これは恋ではない」を久々に出た良質のヴァラエティ・ブックとして紹介しつつ
一九七〇年代に次々と出た、<A五判の、晶文社ならではのヴァラエティ・ブック>は、古本からすでに足を抜けられなくなっていた二十代の私を魅了した。
こうして書名を並べるだけで、豊かでぜいたくな気分になれる。
植草甚一 『ワンダー・植草・甚一ランド』 (一九七一)
『映画だけしか頭になかった』 (一九七三)
小林信彦 『東京のロビンソン・クルーソー』 (一九七四)
『東京のドン・キホーテ』 (一九七六)
『エルヴィスが死んだ』 (一九七七)
『われわれはなぜ映画館にいるのか』 (一九七五)
双葉十三郎 『映画の学校』 (一九七三)
長谷川四郎 『僕のシベリヤの伯父さん』 (一九八一)
(中略) レイアウトの妙を駆使して、単行本なんだけど、まるで雑誌みたいに、本文の組み方も一段から四段まで自由自在。イラストや写真をふんだんにちりばめて、遊び心たっぷりの作り方がしてあった。
(「ぼくたちにはこの大きさが必要なんだ」)
と書いている(コラムタイトルの「ぼくたちにはこの大きさが必要なんだ」というのが植草甚一からの引用でニヤリとさせられる)。A5といってピンとこない人は「文庫本を横にして2つ並べた大きさ」といえばそのサイズが分かるだろう。
実はこの中で手にしたことがある本は「ワンダー・植草・甚一ランド」「映画だけしか頭になかった」「東京のロビンソン・クルーソー」ぐらいしかない。それでもこれらの本が持つだろう魅力は十分に分かる。
1997年に復刊されたため、今でも書店で手に入る基本中の基本。彼自身のコラージュワークも入っていて、2004年から復刊中の「スクラップ・ブック」シリーズなど彼の他の書物では味わえない、まさにヴァラエティ・ブックというにふさわしい仕上がり。
実は世代的なこともあって彼が取り上げているトピックやアイテムはあまり興味がないんだけど、独特な文章の面白さもあって楽しめる。
さて、小西氏は先述の自著の中で
1ページ目から最終ページまで順に進む、というルールのない本を作ったのであって、そんな晶文社の編集者はよほど頭がよくて本好き=フェティシストだったに違いない。
(「晶文社の本」)
と書いているけど、その編集者とはズバリ津野海太郎・平野甲賀のコンビであって(というか小西さんは絶対にその事実を知っていてあえてとぼけてるんだろうけど)、孫引きになるけど小林信彦氏が「東京のロビンソン・クルーソー」のあとがきで次のように書いている。
編集とデザインが一体になったこの本は、津野海太郎、平野甲賀両氏によってつくられた。私には、まだできあがった形がわからないのだが、どんなものになるか、たのしみでもある。校正刷りをみているうちに、頭が痛くなり、目がチカチカした。私もまた、われながら<シャレがキツい>という思わざるをえないのである
「ワンダー・植草・甚一ランド」も同じく津野海太郎、平野甲賀のコンビによって作られているんだけど、その時のエピソードが津野海太郎「歩く書物 ブックマンが見た夢」(リブロポート)に書かれているので引用しよう。
私たち(引用者註・晶文社の名編集者小野二郎のこと)が植草さんを訪れたのは、かれが戦前から書きためてきた文章をあつめれば、二〇世紀のポップ・カルチュアとその源流についての一種の百科全書ができるのではないかと考えついたからだった。
今思うと信じがたいようだが、わずか十七年まえのこの国の出版界では、映画やジャズやミステリーなど、大衆文化の領域で書かれた文章をきちんと本にまとめていくような習慣は、まだまったくといっていいほど確立されていなかった。
ぜひご本を出させていただきたいと切りだすと、(中略)茶の間のすみに、はち切れそうにふくらんだ革製のトランクがおいてあった。(中略)ゆっくりとバンドをはずしてフタをあけた。
私たちは息をのんだ。そこには植草さんがこれまでに書いてきた文章の切り抜きや、それらを貼りつけたスクラップ・ブックがぎっしりとつめこまれていたのだ。(中略) これらの長短さまざまな「雑文」を一冊にまとめるとなると、ふつうのエッセイ集をつくるのとは別の工夫がいる。
私は平野甲賀と相談して、それ自体が雑誌みたいな本をつくることにした。長めの評論だけではなく、コラムや解説や座談会やインタビュー記事などを、それこそ広口ビンの喉元いっぱいまでゴチャゴチャとつめこんでみる。そこにコラージュや写真その他がくわわるとなると、活字の大きさやレイアウトもひととおりではすまない。つまり植草甚一のひとり雑誌である。それを感情なハード・カバーでつくってみたいと考えた。
(「四つの肖像 1植草甚一さんの革トランク」)
コンピュータを駆使して一切手作業をしなかった自分の編集作業ですら思い出すだけでもウンザリするのに、当然このころは完全に手作業だったわけで、その作業の大変さを想像するとクラクラする。
小西氏も
いちばん最初に買った本が子供向けではない本が、植草甚一の本だった、というそれだけの理由で、ぼくはこのような編集スタイルにこだわり、高畑くんの仕事もひどく面倒なものになった。
(「あとがき」)
と書いている。その手の知識もありそうだから、ダメ出ししまくったんだろうなぁ。
つまりヴァラエティ・ブックとは、実は著者よりも編集者の情熱によって作られるものだといえる。そういう観点からみたときにネガティヴな意味で面白いのがこちら。
まず注目していただきたいのが、これが晶文社の本であり、しかも2000年と最近に刊行された本であることだ。確か帯にもわざわざ「晶文社のヴァラエティ・ブック」と書かれていたと記憶しているのだけど(この本は今回の記事を書くため図書館で借りたので帯がない)、これが問題作なのである。
問題は内容についてではない。もっとも最近初めて彼の本(「雑誌〜」)を読んで、大変実力のあるコラムニストであるなぁとは思ったんだけど、そもそもヴァラエティ・ブックを書くようなタイプではないと思う。
それはともかく、やはりヴァラエティ・ブックのアイテンティティというのはその本文レイアウトにあるのはここまでいろいろと引用を重ねてくればさすがに分かってもらえるでしょう。著者も「あとがき」で
私の注文は簡単だった。A五判の、晶文社ならではのヴァラエティ・ブックを作りたい、と、それだけ。
(中略) 『ワンダー・植草・甚一ランド』や『東京のロビンソン・クルーソー』のようなヴァラエティ・ブック、つまり、一段二段三段四段入り混ざった組み方の中に、コラムやエッセイ、評論などが渾然一体となって収められている雑文集を作ることは、今四十歳ぐらいの物書きなら一度はあこがれたはずだ。その夢がまさに同じ版元である晶文社から、かなおうとしている。
と「ヴァラエティ・ブック」への思い入れを語っている。
ところが、本書はそのレイアウトが全くダメなのだ。僕は書店で「うわ、こんな本が出たんだ!」と思ってワクワクして手にとって、パラパラと中身をめくった時の「愕然とした気分」をいまだに覚えている。
まさに「なんだこりゃ」なのだ。これをヴァラエティ・ブックというのは違うだろ……と思った。なんだか「フェチ」な感じがしないのだ。あの暑苦しいまでのテキストの存在感がないというか。
具体的に書くと、まず図版が1つもない。カットの数点ぐらい入れればまた雰囲気も変わったのだろうか。また、4段組がない。最高でも3段組なんだけど、この複数の段組があうのは「百話」的な饒舌感でもって詰め込まれた細かいコラムの集合体のはずなのに、段組にしている意味が感じられない。
と書いていくと不満ばっかりになるんだけど、実はそんなことを書きたいのではなくて、今回改めて「あとがき」を読んでみたら面白いことが書いてあったので引用したい。著者は、校正刷りをみているうちに頭が痛くなり、というのも
編集者としての発想力(アイデア)は大リーグ級の中川六平さんも、その技術(スキル)の部分はリトル・リーグ(しかも調布リトルとかその手の名門チームではなく、国内予選の二回戦ぐらいで敗退してしまうチーム)レベルだったということだ。
いずれにせよ、その中川さんのおかげで、私は、単行本の本文レイアウトのいじくりという得難い経験をさせてもらえた(だから、本文レイアウトに関して、ところどころ、素人ぽいところが見えるかもしれない。その点は、晶文社の本来の一つの伝統、アマチュアリズム、ということで納得してもらいたい)。
!!
この本の失敗(と言ってしまおう)はレイアウトを担当するはずの編集者の救いがたいレイアウトに関するセンスの欠如にあったのだ!そのことを坪内氏は苦々しく思っているのが、面白い。そしておそらく編集者である中川氏にはその「苦々しさ」は分からないんだろうなぁ、と想像する。
勝手な推測だけど、この本は自分のものと同じくlatexを使って作られたのではないか?と思う節がある。というのも、たとえば自分が使ってみた限り、現在の縦書きlatexでは4段組が不可能なのだ。また、本書には2段組コラムにおいて、タイトルと本文に異常な空白行がいくつもあるんだけど、これは僕がlatexを使用した時に出た、おそらくある種の不具合によって起こる現象と同じなのだ。手でレイアウトしたのならば、このようなことは起こらないと思うのだけど、どうだろう。
この「あとがき」から読み取れるのは、津野海太郎も平野甲賀もいない現在の晶文社ではヴァラエティ・ブックを作るのは不可能であり、またその編集遺伝子も残念ながら残っていない、ということだ。
ヴァラエティ・ブックを作る上での編集者のスキルと情熱の重要さが分かるという点で、この本は「失敗した手品」のような種明かし的面白さを持つ。
さて、では現在の出版界にそんなスキルを持った編集者はいるのだろうか?
それがいたのである。
この本が出た時に書店で手にとって「うわーすげー」と思った。「晶文社のヴァラエティ・ブック」の、まさに完コピだったから。国書刊行会のサイトの紹介でも
『ピントがボケる音』(安田謙一著)は、小社刊行物の中では珍しい音楽コラムを中心としたポップカルチャー本です。ポップカルチャー本といってもピンとこないかもしれませんが、音楽・映画・文芸など文化芸術風俗全般を扱った書物、とでもいいますか。音楽書でもなく映画書でもなくエッセイ集でもなく文芸評論でもなくそれら全てミックスした〈ヴァラエティ・ブック〉です。川勝正幸『ポップ中毒者の手記(約10年分)』『ポップ中毒者の手記2(その後の約5年分)』(DAI-X出版)、小西康陽『これは恋ではない』(幻冬舎)といった名著がそれに当たります。つまりは植草甚一・小林信彦・片岡義男らによる書物の系譜といっても良いでしょう。そして『ピントがボケる音』もその系譜に連なる本なのです。
と書いていて明らかにその系譜に連なることを意識した作りなのである。
安田謙一の名前はタワーレコードのフリーマガジン「bounce」でよく見たし数少ない好感の持てる音楽ライターだったんだけど、ブレイブ・コンボ、クレイジーケンバンドといった扱うアイテムが自分と遠すぎて買うまではいかなかった。自分が本を作る際に、「ヴァラエティ・ブック」のレイアウトの参考にするために図書館で借りはしたんだけど。
でも最近いつものようにネットでいろんな書評を見ているとこの本を取り上げている人がいて、曰く、取り上げているトピックに関心がなくても面白い、安田氏はそういうテキストを書くことを心がけている、という。それでピンと来て再び本屋で手にとって数ページ読んでみると、おお、確かに面白いじゃないか。
レコードや何かしらのアイテムに関してレビューを書く際に困るのは、読み手がそれに対して関心がない時。本を作った際にもそこは悩みどころで、だからといってメジャーなアイテムを選ぶのでは意味がない。そんなこの手の文章を書く誰もが抱くはずの葛藤に対して、この本は明確な答えを出している。
「テキスト自体が面白ければ、いいじゃん」と。
確かにその通りだけど、なかなかそれはできるものではない。同じことを心の師である赤瀬川原平も言っていたなぁと、自分の文章を見直す機会にもなりましたとさ(ちなみに本書にも赤瀬川原平について触れている部分が少しあって妙に納得してしまった)。
さて話が脱線したけど、この本は「樽本周馬」という有能な編集者(年下と知ってちょっとショックだったけど)がいなければ世に出なかった。
その辺のいきさつは電子メールマガジン「[書評]のメルマガ 」にて不定期連載された樽本周馬氏の「もっとピントがボケる音」というメイキングテキストを読むことをおすすめ。
vol.163 第1回
vol.167 第2回
vol.171 第3回
vol.175 第4回
vol.179 最終回
第3回が特に読み応えあり。少し引用すると、
ヴァラエティブックといえば聞こえがいいが、とにかく全ての文章を収録したい、というワガママな欲望を実現するための、しかし切実な、窮余の一策でもあったわけだ。
そして、安田謙一の場合も同じく、とにかく詰め込むためにはヴァラエティブックの形式しか無い、のだった。ここで以前に晶文社で出た坪内祐三さんによるヴァラエティブック『古くさいぞ、わたしは』との決定的な違いがあると思われる。坪内氏の本はあとがきでも書かれているように「ヴァラエティブックを作ってみたかった」という願望を形にしたものである。そこに植草・小林ヴァラエティブックに見られるような切実さはない。なによりも、私はあの本が出たとき、その〈白さ〉にがっかりしたものだ。「字が詰まってない!」と。字が詰まってないのはヴァラエティブックじゃない。
自分と同じく「古くさいぞ私は」に対する不満を表明していて、ネットを見る限りわりと特に古本好きの人たちにこの本は好意的に受け入れられている印象があるんだけど、こうして同じような思いを持った人がいてうれしかった。
私自身ヴァラエティブックは大好きなのだが、オブセッションと言えるような思い入れはない。『ピントがボケる音』で導入したスタイルはあくまで「それしかない」からそうしたまでで──とはいえ、四段組の字数や版面、使用字体など晶文社の本とまったく同じにするという完コピに近いノリでやったので、前段の切実さ云々のハナシは忘れてください。
という「偏執者」的こだわり。最近買ったイージーリスニングの小ムックではライターとしてテキストを提供している「樽本周馬」氏。彼の名前を覚えておいて損はないと思う。
さてこのメールマガジンの中では以下の文章も興味深かった。
ところでポップカルチャー本として先輩本にあたる川勝正幸著『ポップ中毒者の手記(約10年分)』は本文がゴチック書体の大きな文字で印刷されていて、晶文社本とはまったく関係ないように思えるが、その後川勝さんに聞いたところによると、晶文社ヴァラエティブックには大変思い入れがあるので、あえてそれは避けた、そうである。
そう、以前に取り上げたこの「ポップ中毒者の手記」も、レイアウトこそオリジナルと違うものの、明らかにその遺伝子を受け継いだコラム集なのである。
残念ながら自分が川勝氏の趣味からあまりに離れすぎてしまったため、「2」は書店でパラパラとめくっただけだったんだけど、この「1」の、特にヤン富田の項なんて何度読み直したことか!
面白いことに本書は「これは恋ではない」とほぼ同時期に刊行されている。そして、これらの本に刺激されて1998年にwebサイトを立ち上げた僕は、当然ヴァラエティ・ブックのようなサイトを作ろうと思い、でもそれだけではやっぱり満足できなくてやっぱりA5版の書物を作ってしまった。
だからこれらの本を手にした時に、当webサイトがこれらの本の遺伝子を受け継いでいると思っていただけたら、これほど光栄なことはないのです。あ、もっというとあと何冊か売れ残っている紙版を買っていただけると、もっとうれしい(笑)。
(2005/6/5)




